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庭師テツの番外編 鎮守の森 58
社の中は真っ暗だ。
木戸の隙間から漏れる僅かな月灯りのみだった。
その月光を辿ると、同じく白装束の男性が正面に正座しているのが見えた。
雄一郎……?
やはり眠ってなかったのか。
まぁ、そんなうまい話はないよな。そもそも先ほど白い曼珠沙華の精に会ったこと自体、おれの勝手な妄想だったのかもしれない。
この現実から逃避したいばかりに……
まだ目が暗闇に慣れずに立ち尽くしていると、突然その男が襲い掛かってきて一気に羽交い絞めにされてしまった。脇の下から相手の両腕を通され、腕を挟み込まれては動けない!
「やっ……痛っ……」
結局こうなるしかないのか。このまま足元に敷かれている布団に押し倒され、深い褥に誘われるのか。
おれはどこか諦めの境地に陥り、ふっと躰の力を抜いた。すると、相手はおれの躰を大きな手で弄った。
「うっ……」
焚かれた強い香の香りで、嗅覚が鈍っている。
「ぁ……っ?」
でも……でも……何かが想像と違っていた。まるでおれの躰の無事を確かめるように動く手の主は、雄一郎とは違うものでは……
だって、おれはこの優しい手を知っている。
つい先ほどまで、おれを愛してくれていた手だ。
「まさか……て……テツさん……なのか」
「あぁそうだ! 桂人、お前って奴は勝手なことをして! とにかくお前の躰が無事でよかった!」
どうして? 確かに眠らせたはずなのに……
呆然としていると、くるりと反転させられ暗闇の中で、深い口づけを受けた。
一気に心が凪いでいく……だが……
「待って……! テツさんがどうして、ここに? 」
「ひとりで解決するな! 俺も同じ人質だったと言っただろう。ひとりで正面突破するつもりだったのか。それは俺たち二人ですべきだ!」
「だがっ……おれには」
「もしかして、お前にかけられた呪縛は他にもあるのか」
「うっ……」
テツさんが来てくれた。この社に……
信じられない。
「雄一郎は……?」
「あぁ強力な助っ人のお陰で、秘伝の浄化の香を手に入れたのだ。それを雄一郎さん自ら、この儀式を終わらせようと決意して焚いた。彼は今そこで気絶したように眠り、目覚めた時には正気に戻っているだろう」
テツさんが蝋燭の灯りを灯せば、確かにおれが抱かれるはずの場所で、雄一郎がひとりで眠っていた。
「話は聞いた。さぁ生贄の儀式を! 桂人の纏っているそのシーツが必要だ。俺が初めて桂人を貫いた時に溢れたその血で、この神剣を拭うのだ!」
「わ、分かった」
もうなりふり構っていられない。
おれは身体に巻き付けていたシーツを一気に剥がし真っ裸になり、血痕の部分を、神剣にあてがおうとした。
ところがその時、また空気がぐらりと不穏に揺れた。
「うっ……頭が……」
割れるように痛い。
『駄目よ。その神剣で雄一郎を討つと約束したでしょう。あなただけ幸せになるのはユルセナイ! 次の当主を殺して! 』
『何故ですか。この神剣を生贄同士の純潔の血で拭えば、生贄を糧にする歴史は終わるのに」
『……そうよ。でも、あなたたちはそれで良くても、それだけでは、私は浮かばれない!』
脳内に響く金切り声に頭がガンガンとして、牛耳られていく。
「桂人、どうした? 早くしろ」
「……うっ、頭が……」
「おいっ、大丈夫か」
このままでは……乗り移られてしまう! すごい負の思念だ!
『私が15歳で無理やり奪れた純潔……すぐに宿ってしまった命。それでもと十月十日《とつきとおか》腹に宿せば、愛情が湧き、私が産みたくて産んだのよ。あの子を置いて逝かなければならなかった無念を晴らして! あの子のためにも! 』
とうとう躰を乗っ取られてしまったようだ。
巨大な闇が、おれを包む。
「桂人……?」
「うわぁぁぁぁー」
次の瞬間、おれは神剣を大きく振りかざしていた。床に転がっている雄一郎の躰を目掛けて!
「桂人っ、あっ馬鹿っ、何をする! 」
「やめろー! 」
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