304 / 505

庭師テツの番外編 鎮守の森 60

 『社』が崩れ落ちるのを見届けた後、全員で森宮の屋敷に戻って来た。  皆、雨に濡れた上に泥だらけでボロボロだったが、特に程い有様なのが、おれとテツさんだった。まだ真っ裸だったおれにテツさんが背後から、ブランケットをふわりと掛けてくれた。 「桂人、お前は……無事なのか」 「……たぶん」  まだ呆然としており、何が起きたのか理解出来ていない部分があった。特にあの人とあの人の事情がさっぱり分からない。  目を凝らすように彼を見つめると、おれと面影の似た瑠衣と呼ばれる人が、優しく微笑した。 「あ、の……」 「桂人くん、改めてはじめまして。僕とは白い曼珠沙華の前で会ったよね? 」 「あなたは本当に……人間だったのか」 「えっ? 」 「いや、その、てっきり白い曼珠沙華の精霊かと」  そこまで話すと、彼を護衛するように立っていた金髪碧眼の背が高い男が、嬉しそうに笑った。 「いやぁその話は実に光栄だな。そう思うのも無理はない。何しろ俺の瑠衣は精霊のように美しく可憐だからな」  その言葉を受けて、彼は面映ゆそう顔を反らした。 「ちょっとアーサー、君は少し黙って。あぁごめんね。改めて自己紹介すると、僕は霧島瑠衣《きしりま るい》……僕の母は、君のお父さんのお姉さんだったから、僕たちは従兄弟同士になるんだよ」  なるほど……おれたちは従兄弟だったのか……そうか、だから似ているのか。三途の川で会った女性は、つまり、おれの伯母さんだったのか。 『霧島』……それは父が『柏木』の家に養子に入る前の姓だ。 「僕の母さんはね、先日海里から聞いて初めて知ったが、秋田から森宮家の生贄として奉納された人だった。当時は恐ろしいことに役目を終えた生贄は時期をみて始末されてしまったらしいが、母はすぐに僕を授かったため、お情けでこの屋敷に使用人として置いてもらって……でも六歳の時、結核で亡くなり……母はそんな不遇な生涯を恨んで、成仏出来ずにいたようだ」 「……そういう事だったのか。やっと全部繋がった」  あの女性を恨めない。そんな境遇に堕とされた上に、大事な子供を置いて、天国に逝くにいけなかったのだ。 「母が君に託した事を詫びるよ……母も最期には気付いてくれたようだ」 「いや。あなたのお母さんが助けてくれなかったら、おれはもうとっくに死んでいた。死んでいたらテツさんと出会えなかったので、むしろ感謝している」  瑠衣と呼ばれる美しい青年は、黒い瞳から透明な雫をはらりと流した。泣き顔が似合う人なんだな。 「ありがとう。そんな風に母のことを言ってくれて……」 「な、泣かすつもりじゃ。あの、それよりあなたの隣の外人って? 」  一転して今度は頬を染めて恥ずかしがる。  ふぅん……おれと違って随分初心な人のようだ。だがおれと同様に、同性を愛する人らしい。 「あ、彼は……その……」  なかなか紹介されないのに痺れを切らしたらしく、外人が瑠衣の肩を強く抱いて、自ら宣言した。 「俺はアーサー・グレイだ。英国人で瑠衣の恋人。そして瑠衣に『乳香』を託した人物さ」 「あ! あの『乳香』のおかげで雄一郎が眠りにつき、おれは命拾いを」 「そうだ。君の命の恩人だろう? 俺が祖母から託された物が役立って嬉しいよ」 「そうなのか……英国からはるばる持って来てくれたのか」 「あぁ精霊のお申し付けでな」 「アーサー! もうっ、僕は精霊ではなくて」 「くすっ」 「ははっ」  彼のお陰で、いくらか場が和んできた。    するとそこに、白衣姿の海里さんが医務室から戻ってきた。  彼はあんな大騒動でも深く眠ったまま起きなかった雄一郎さんを、医師として先に診ていた。 「さぁ兄貴はもう落ち着いたから……次の診察は、桂人だ」   あとがき(不要な方はスルーで) **** 志生帆海です。いつも応援をありがとうございます。 スターやペコメ・スタンプのお陰で元気をいただき『鎮守の森』も60話まで来ました。昨日が佳境のクライマックスで、あとは少し和やかなお話でハッピーエンドに向かって行きます。 奇想天外で驚きの連続だったかもしれません。ここまで、ついて来て下さってありがとうございます。 瑠衣とアーサーは別途連載の『ランドマーク』の登場人物ですが、こちらのお話にも深く絡んできました。 ではテツと桂人の関係をもう少し深める所まで頑張ります!

ともだちにシェアしよう!