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庭師テツの番外編 鎮守の森 62

「桂人、俺がどんなに心配したかと……」  おれには不釣り合いな、細かいタイルが敷き詰められた豪華な浴室に入ると、テツさんにすぐに抱きしめられた。 「あっ……」  ふたりの素肌が重なれば、すぐに新しい熱が生じてしまう。 「テツさん、すまなかった。でも、どうして……眠らなかった? 」  あの時、紅茶に忍ばせた眠り薬のせいで、テツさんは完全に眠っていたはずなのに。 「……あの薬は効きが弱かった。俺の身体は薬草類に慣れているからだろう」 「そうだったのか。ふっ、やっぱりテツさんには敵わないな」 「コイツ、一人で無理しやがって」 「あっ、うっ……」  白くてひんやりとしたタイルに両手首を押さえつけられ、唇を強く吸われた。舌先で唇から鎖骨まで、撫でるように慈しまれる。  こんな行為……少し前には知らなかった。  ゾクゾクする。身体が期待で一杯になる。  こんなにもしっくりと求めあえる相手と出会ったのに、おれは彼を置いて何をしようとしていたのか。浅はかな行動をしたのが、今となっては恥ずかしい。テツさんが無事でよかった。 「悪かった……」 「とにかく無事で良かった、桂人」  おれたち、互いの無事を喜びあっている。それが嬉しくて…… 「テツさんっ」  彼の広い背中に、感極まって大きく手を広げて、しがみついてしまった。  あ、この感じ……やっぱり似ている。  テツさんは『鎮守の森』にいた時、おれが一番好きだった大木《たいぼく》に似ている。寂しくて悲しい時、寒くて空腹で死にそうな時、いつも、いつだってその樹にもたれ、時には太い幹に抱きついて、孤独を必死にやり過ごしていた。  大きな樹は一年中大きな葉を翼のように広げて、おれを抱きしめてくれた。たが、それだけだった。俺に決して触れてはくれなかった。  でもテツさんは、こうやって触れてくれる。  昨夜のようにおれの躰の奥深くまで……やってくる。  なんて温かいんだ……あなたの躰はどこもかしこも、何もかも。テツさんに抱かれると、躰が喜びポカポカになっていく。  おれはもうひとりで、あの窮屈な空間で躰を縮めて震えなくていい。 「空を飛び立つ鳥にでもなった気分だ」 「そうだ。もう桂人は自由だ。お前を縛るものは何もない」  そう言ってもらえるのは嬉しいが、どこか心許ない。 「でも……これからどうしたら? おれには今更、帰る所はない。故郷なんて……俺を見捨てた家になんて絶対に帰りたくない! 」  つい恨みがましく言ってしまう。こんな自分は嫌なのに。  テツさんはおれの躰をよく泡立てた石鹸で丁寧に洗いながら、耳元で囁いてくれる。 「落ち着けって。馬鹿だな。お前は俺と契りを結んだ人だ。だから俺との未来だけを真っすぐに考えればいい」 「未来──? 」 「明るい光に包まれた未来だ。桂人が抱くのは」 「……そうなのか」  あの女性の恨みを晴らすために仲秋の名月の儀式に臨み、その最中に敵討ちを……使命に動かされていた、おれはもういない。 「そうだよ」 「……テツさんとなら、描けそうだ」 「俺も同じ気持ちだ」  おれの躰の隅々を知り、過去の全ても知っているテツさん。  同じ生贄としての人生を歩んできたテツさんとだから……  新しい未来を描ける。  

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