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庭師テツの番外編 鎮守の森 63

「桂人、さっきの言葉、嬉しかったぞ」  浴室から出ると、テツさんがおれの躰をバスタオルで包んで拭いてくれた。指先から爪先まで、宝物を磨くように丁寧に…… 「ん……っ」  ふわふわなタオルが素肌を掠める度に擽ったくて、身を捩ってしまう。  世の中にはこんなに柔らかい物があるのか、おれは本当に何も知らない。  何だか落ち着かないな。ずっと躰を丸めて生きてきたので、急に手足を伸ばしていいと言われても、まだ戸惑うばかりだ。    こんなの情けない。おれじゃないみたいだ。 「さてと拭き残しはないか。今から薬を塗ってやるからな。さっき海里さんが塗った場所も……全部、俺が上書きしてやる」 「……テツさんって、意外と」 「なんだ?」 「いや……何でも。それに薬くらい自分で塗れる。貸せよ」  軟膏の瓶を奪いとろうとすると、テツさんに制された。 「俺にやらせろ。お前は少しは甘えろ」 「無理だ、性に合わない! 」  タオルで全身を拭いてもらうのが、最大限の譲歩だ。 「桂人は強情だな」 「……どうせ、おれは可愛くない」  そんな押し問答をしていると、またテツさんに唇を奪われた。 「いや、可愛いよ」 「ん……」  脱衣場の壁に躰を挟まれながら唇を吸われると、甘い陶酔が駆け巡る。  彼の左手はいつの間にか軟膏を纏っており、窄まりにすっと指を差し込まれると、内股が震えた。 「んんっ……っ」  まだ彼の形を覚えているそこが、物欲しそうに開いていくのに焦ってしまう。 「だ、駄目だ。こんな場所で」 「止まらなくなる。欲しくなるな。お前のここに、また挿れたくなるよ」 「おいっ……」  脱衣場は明る過ぎだ。途端に気恥ずかしくなり藻掻いてしまった。深まる口づけに持って行かれそうになると、脱衣所の扉がドンドンっとけたたましく音を立てた。 「おーい、いちゃついてないで、早く出てこい。次は瑠衣の番だぞ」 「ちょっとアーサー! 僕はいいから、ふたりの邪魔をしないでくれ」  さっきの外人だ。なんだかテツさんの上を行く人だな。 「クッソ、いい所で厄介な人が……だが瑠衣のためなら仕方がないのか。桂人、浴衣を着ろ」 「あ、あぁ」  慌てて用意された浴衣を着て飛び出すと、アーサーと呼ばれる外人が、待っていましたとばかりに、瑠衣さんを押し込めねがら中に入った。 「アーサー、君って人は! 」 「瑠衣もかなり汚れている。早く落としてやりたい。俺の瑠衣は純白が似合う人だから」 「ちょっと……お願いだから、その口を」  なるほど、同じ事をしてみたいのだな。  テツさんは、そんな二人の様子を微笑ましく見守っていた。 「テツさん? どうして嬉しそうな顔を? 」 「あぁ……瑠衣はずっと幼い頃から顔を付き合わせて育った使用人だったが、ろくに話したことがなかった。あんなに溺愛されていて、幸せになってくれて……嬉しい」  テツさんは、とても優しい人だ。  情に厚い、大きな心を持っている。 「どうした?」 「テツさんって、やっぱり『鎮守の森』の木みたいだ」 「はぁ? 」 「故郷に……俺が頼りにしていた木があって、その木と似ている」 「はは、じゃあ『森の精霊』は、俺だったのか」 「なんの話? その『精霊』って、さっきから」 「海里さんの予言さ。さぁ居間に戻ろう。いつまでもいては、お邪魔だろう。海里さんと今後のことを決めていこう」 「あぁ、分かった」 「俺たちの未来の話だ」  明るい未来のために……    もう、好き勝手には決めさせない。  おれの人生は、おれのものだ。

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