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庭師テツの番外編 鎮守の森 68

 テツさんは目を丸くしたが、今度はテツさんがおれの後頭部に手を伸ばし、熱い口づけを返してくれた。  そうだ……テツさん。  あなたからも、求めてくれよ。おれをもっと──  まるでおれたちに生まれた恋を見せつけるように、おれたちの恋の始まりを告げるような深い口づけをした。 「……参ったな、完敗だ。どうか君たちは冬郷家で幸せになってくれ」  雄一郎は全てを悟った表情のまま背を向けて、肩を落として去って行った。    やっとこれで終わったのだと思うと、自然と彼に向って叫んでいた。 「雄一郎も……絶対に幸せになれよ! 」    悪いが、これは優しさから生まれた言葉ではない。そうでないと困るからだ。  お互いがそれぞれの場所で幸せなら、これ以上の干渉はないだろう。  それを願って。 「あぁ」  彼は振り向きもせず、片手をスッと上げただけだったが、背筋は伸び、その遥か前方には、春の薔薇のような鮮やかな色が見えた。 『あなた、気になって早く戻ってきたわ。昨夜は酷い嵐でしたね。おひとりで大丈夫でしたか』 『お父様、どうなさったの? ひどくお疲れみたい』  あれは彼の妻と娘なのか。  雄一郎は、本来いるべき場所……戻りたい場所に、戻って行った。  その光景は、光に包まれていた。 『あら、なんだか森が急に明るくなったようだわ』 『昨日の雷雨で、庭の木が何本か薙ぎ倒されたようだ』 『大変だったのね。でも、あなたがご無事で本当によかったわ。早速、庭のお手入れをしましょう』 『あぁでも……庭師を……クビにしたばかりだ』 『まぁそうなの? よかったら私の実家の庭師にみてもらいましょうか』 『……それはいいね。ぜひ頼むよ』  その会話を聞いて、安堵した。  もう大丈夫だ、森宮家と冬郷家はしっかりと分離された。  それぞれが、それぞれの幸せを目指していく、家となった。 **** 「さぁ乗って下さい」 「瑠衣、いつの間に? 」  森宮家の正面玄関に横付けされた大型車には、皆、驚いた。 「僕は執事ですから、たやすいことですよ。さぁ皆で帰りましょう。冬郷家に」 「そうだな、行こう」  海里さんが柊一さんをエスコートする。柊一さんは雪也くんと手を繋いでいた。そしてテツさんとおれも、早く乗るように促された。  瑠衣さんが運転で、助手席にはアーサーさんが嬉しそうに座った。 「瑠衣、君はやっぱり執事の職が似合うな。生き生きしている」 「アーサー……ありがとう。どうやら、そうみたいだ」 「じゃあその勢いで、桂人に執事の職務を伝授するといい」 「あ……じゃあ、もう少し滞在しても?」 「もちろんさ。桂人は『じゃじゃ馬』らしいから、頑張れよ!」  また言われた。おれ、そんなに『じゃじゃ馬』なのか。自然のまま、ありのままなんだ。これが…… 「そんな言い方……で、君は何をするの? 」 「俺はテツに弟子入りしてみようかと」 「えっ! アーサーには無理だろう? 」 「そんなことない。英国で君のための薔薇を育てる。海里には負けていられないからな」 「またっ、すぐに君は海里と競うんだから」 「永遠のライバルさ」  助手席の会話は甘ったるく、くすぐったくて、後部座席の皆で顔を突き合わせて笑った。  おれとテツさんも、顔を見合わせて笑った。 「俺は『じゃじゃ馬』な桂人が好きだから、安心しろ」 「テツさんなら、きっとそう言ってくれるかと……」  昨夜まで死闘していたのに……  今は拍子抜けするほど、平和な時間だ。 「あ……綺麗ですね」  雪也くんが指さした方向には、白い曼珠沙華が、たおやかに咲いていた。 「……母さん」 「白い人……」  瑠衣さんとおれの声が重なった。  故郷の『鎮守の森』に白い霧が舞い降りたら、きっとそれは天国に漸く辿り着いた、あの人からの知らせだろう。    元気にやっているかしら。  天国からずっと見守っています。  私の息子、瑠衣。  私の甥っ子、桂人。  私の分も幸せになって欲しい人。                          『鎮守の森』 了 あとがき(不要な方はスルーです) **** こんにちは! 志生帆 海です。 今日で庭師テツの番外編 鎮守の森 『鎮守の森』は完結です。 波乱万丈な桂人の人生に寄り添って下さって心強かったです。リアクションで応援ありがとうございます。更新の糧になっていました。 とにかく最後まで無事に書き終えることが出来て、ホッとしています! 最初は庭師テツに誰かいい相手をというリクエストにお答えしようと軽い気持ちで始めた連載ですが、どんどん本格的に壮大になってしまい、『まるでおとぎ話』の枠を、飛び越えてしまいましたね。 でも、それを快く許してくださった読者さまには感謝の気持ちでいっぱいです。最後までお付き合い下さってありがとうございます。 結局、最後は『まるでおとぎ話』のオールキャスト、精揃いで、時間軸も冬の雪也の手術までの間にすっぽり収まりました。 このまま本編に緩やかに戻っても支障はないように思うのですが、皆様も大丈夫そうですか。読みたいエピソードなどあれば、いつでもお気軽にリクエストしてくださいませ。 私も、まだまだ桂人の執事修行なども書きたいのですが、今日で区切りが良かったので、テツ&桂人メインの『鎮守の森』としての物語は、これにて一件落着です。彼らは今後は本編に登場しますので、よろしくお願い致します。 今回、私的に男気のある桂人を描くのがとても興味深く、仄暗い背景を存分に楽しませていただきました。『鎮守の森』は、まだ未定ですが、表紙をつけて一つの作品として掲載できたらいいなとも……テツと桂人の容姿が気になっています♡ それでは『まるでおとぎ話』の本編へと、お話はバトンタッチ。

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