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その後の日々 『冬郷家を守る人』 8
「桂人さーん、何が見えますか」
「しっ」
唇に人差し指を当て、声を静めるように訴えると、雪也くんも静かに口を噤んでくれた。
何が見えるって……
そうだな、庭の木からは二つの景色が見える。
1つは見渡す限り、立派で頑丈そうな家が並ぶ、街並みだ。
おれがいる所は東京のど真ん中。
ここは本当に都会だ。お屋敷町なのか、故郷では見たこともない大きな洋館ばかり建ち並んでいる。ちょうどこの屋敷の真向かいにも、大きな館がある。
この白薔薇の屋敷と雰囲気が似ているが少し違う。ここが朝の清廉さならば、あちらは夕方のような慈しみ。そんな優しさが滲み出る建物だった。
うると二階の窓に人影が見えたので、誰が住んでいるのか興味を持った。じっと見つめると両開きのアーチ型の窓が開かれ、中から若い女性が顔を覗かせた。
天女?……と思う程、美しい顔だった。
「あら、どなた?」
遠目だったが、おれを見て、そんな台詞を投げかけられたようで焦ってしまった。顔が火照ったのを感じ、慌てて背を向けた。
女性と話すのなんて……白い曼珠沙華の女以外、機会がなかったので、困惑した。同時にテツさんが無性に恋しくなった。
背を向けると、今度は白薔薇の屋敷の窓が開かれた。
朝日を浴びた金髪が風に揺れていた。
あぁ、あの外人か。おいおい、カーテンも窓も全て開いては、中が丸見えだぞ。いいのか。
「あっ……」
部屋のベッドには、俺の従兄弟の瑠衣さんがいた。
ベッドに置き上がった彼の姿は、下半身は布団の中に隠しているが、細い腰のラインから見て全裸のようで、非常に艶めかしい雰囲気だった。
ははん……やっぱりそういうことか。
「ん? 」
突然外人の視線がおれを捉えてバッチリ目が合ったので、ギョッとした。
わ! 驚かないのかよ? おれはかなり驚いたのに。
彼は余裕の笑みを浮かべ、唇に人差し指をあて、おれを黙らせた。
窓は開けたまま、再び瑠衣さんをベッドに押し倒していく様子に、こっちが赤面だ。
なんだよ、どいつもこいつも……
気を取り直して、更に上へと登ると、また開かれた窓があった。
窓の隙間からとてもいい香りが漂ってきたので、誘われるように覗くと、ちょうど紅茶をお盆に載せて入ってきた海里さんと目があった。
「なっ……なんで、君が! 」
今度は慌てて窓辺に駆け寄って来た。逃げようにも木の上では、どうにもならない。
「やれやれ、君は本当にじゃじゃ馬だな。朝っぱらから、こんな場所から挨拶か」
「あ……その、雪也に頼まれたんだ。木登りして景色を見て来いって」
言い訳がましいと思いつつも事実を告げると、海里さんは身を乗り出し、窓の下の雪也くんを見つけ、ニコニコと手を振った。
「ふぅん……やさしいな、桂人。じゃあこれを雪也くんに届けてあげて。それから、こっちは君の分だ。甘くて美味しいぞ。いい子だな。おつかい、ご苦労さん」
「……」
手にのせられたのは飴玉だった。
甘くて美味しそうだ。
虹色の包みの飴を袂に忍ばせ、するすると木を降りた。だが子供みたいに扱われ癪に障ったので、ちらっと部屋の中を覗いてやった。
ははん……やはり裸のままか。だが、こちらはまだぐっすり眠っている。
あどけない寝顔だな、柊一さん。
なるほど、おれが見た景色は、天使の住まいか。
皆が皆……それぞれの部屋で、幸せそうに羽を休ませている。
疲れた体を休ますことが出来る……温かい場所があるのはいい。
おれも離れにそんな部屋を手に入れた。
テツさんの懐が、あたたかい。
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