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その後の日々 『冬郷家を守る人』 9
「お帰りなさい! ケイトさん」
木から滑り降りて地面に着地すると、雪也くんが飛びついてきた。
おいおい、なんだか忠犬みたいで、くすぐったいな。
人懐っこい笑顔に、やはり故郷の弟らを思い出す。
あいつらも……元気にやっているのか。
こんな風に優しい気持ちになれるなんてな。今までは、皆、おれを犠牲にのうのうと暮らしていやがると、恨んでさえいたのに。
「あ、あぁ」
「で、木の上からは何が見えました? 僕、ずーっといい子に静かにしていたんですよ。早く教えて下さい。あぁワクワクします」
お前の兄さんが海里先生に抱き潰されて眠っていたとか、おれの従兄弟が朝から全裸で、派手な外人に押し倒されていたとか。
流石に健全な未成年には、言えないよな。
コイツ、大人の情事をどこまで知ってんだか。男の色恋はもっと深いんだぜ。まぁ……その、おれだってテツさんに抱かれるまで何も知らなかったが。
「……天使が羽を休ませていた」
「え? 」
「それぞれの部屋が、天使の寝床だった」
「わぁ~それって、とてもロマンチックですね」
「ロマンチック? なんだそれ? 」
そもそも『天使』ってなんだったか。自然と口から出たのは、聞き慣れない言葉だった。あぁそうだ、以前テツさんに『庭先に、たまに白くて小さな物体がちらついているが何だ? 』と聞いたら『それは、きっと天使だろう』と、教えてもらったのだ。
この家の、秘密の庭園にいる羽の生えた生き物の名称だ。
「あの、あの、もしかして……ケイトさんは天使を見たことがあるんですか」
「そんなの、その辺にゴロゴロいるぜ」
「ゴロゴロ……って、えー!! どこですか。早く兄さまにも知らせないと」
屋敷に駆け込んで行きそうにな勢いだったので、慌てて止めた。
「あ、馬鹿。今日はまだ寝かしてやれ。そうだ、飴玉をやるよ。ほらっ」
さっき海里さんからまるでお駄賃みたいに貰った飴を渡してやると、雪也くんは目を輝かせて微笑んだ。
ははっ天使みたいな笑顔だな。
「……天使ならここにもいる。お前もその一人だろ? 」
「……えっと、ケイトさんはたまに面白いことを言いますね。でも、もしもそうなら嬉しいです」
可愛く微笑むあどけなさに、おれもつられて笑ってしまった。
こんな風に、誰かに癒されて、笑える日がくるなんて──
「わぁーこれ虹色のセロファンですね。こうやって太陽に透かすと綺麗ですよ」
「ん? こうか」
飴玉を包んでいたセロファンを広げて、空を見上げた。
透かして覗くと、中には虹色の世界が広がっていた。
世界は、もう暗黒ではなかった。
「虹っていいですよね。希望の架け橋っていうし、僕も手術を受けて、もっともっと逞しく、大きくなりたいな」
「なれるさ……きっと!」
願えば叶う──きっと。
今、おれが生きている世界は、希望で溢れている。
虹色のセロファン越しに離れを見上げると、窓が開いてテツさんが現れた。
あ、起きたのか……
「テツさん! おはよう!」
「桂人、おはよう」
朝の挨拶がしたくなる。
生きているから。
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