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その後の日々 『執事レッスン』 3

「桂人の成果を見せてみろ」 「分かった。新しい茶葉で、もう一度やってみる」  桂人が真剣な表情で、茶葉を手に取った。  へぇ桂人のこのような張り切った表情は珍しい。だから俺は彼の顔だけをずっと追ってしまった。朝は散々文句を垂れていたが、瑠衣の指導を受け頑張っているようで安心した。 「はい、どうぞ」  気がつくと柊一と俺の前に、ティーカップが置かれていた。  アーサーと瑠衣と雪也くんの視線が、突き刺さるように痛いのは何故だろう。紅茶を指さして、何やらボソボソと談義している。 「なぁ瑠衣。桂人はある意味すごい才能を持っているのでは? 」 「そうだねぇ……あの色をもう一度作り出せるなんて、なかなか」 「そうだ! ケイトさんは、天才かもしれませんよ」 「いや、それは絶対にナイ!」  アーサーさんの声が一際大きく聞こえた。 「ごちゃごちゃうるさいけど、気にせず飲めよ……じゃなかった。飲んでくださいだな」  野生児の桂人なりに精一杯やっているのだ。俺はどんな事があっても、絶対にお前の味方だよ。 「ん……いい色? だな」  しかし桂人が淹れたのは紅茶ではなかったのか。顔ばかり見ていて手元を見なかった事を後悔した。  ……墨汁のように黒いのは何故だろう?  アーサーは俺を見て、胸の前で十字を切っていた。  おいおい、まったく大袈裟な。 「……いただきます」  柊一の口元も心なしか引きつっているような。  これは一抹の不安が過る。  この家の当主に先に飲ませて良い物体なのか。 「いや待て! 俺が毒見をしてからだ」  つい口からポロリと出た言葉に、桂人が過敏に反応した。 「テツさん……酷いな」 「あ、違う。そうじゃなくて」 「もういい、どうせ下手だよ! どうしても習った通りに出来ないんだ。くそっ」 「そんなこと、ない」  押し問答していると、柊一が紅茶をすっと口にした。 「ん……かなり……濃い目だけど、まぁ美味しいですよ。これは眠気が飛びますよ。今日は海里さんの帰宅が遅いので、ちょうどいいです」  健気な様子で海里さんを想い……頬を染める柊一は可愛らしかった。 「そうか、じゃあ俺も」    柊一の言葉に後押しされて飲んでみると、色は濃いが嫌いな味ではなかった。瑠衣や柊一のいれた紅茶には程遠いが、何かの味に似ている。  ほらっ庭に生い茂っているアレを乾燥させて、煎って作った茶だ。  あぁそうか…… 「何だか『どくだみ茶』みたいな味だな」  その場が何故かしーんっと静まりかえった。 「くす、テツさんのそのセンス好きですよ」 「なかなか言えないですよね」  柊一と雪也くんが顔を見合わせて苦笑し、瑠衣とアーサーは気の毒そうな顔をしていた。 「そうか。素直に言ったまでだが? 」  すると桂人が、今度は泣きそうな顔になっていた。 「瑠衣さん、すまない! おれが悪かった。テツさんの味覚の名誉のためにも……おれ、もっとがんばるよ」 「あ、あぁ頑張れよ。応援している」  何はともあれ、落ち着く場所に落ち着いたのか。  しかし濃過ぎる紅茶の生贄になった者の、夜が楽しみだな。    これは……絶対に眠れないだろう。  おっと、寝させてもらえない者も出そうだな。  

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