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その後の日々 『執事レッスン』 4
「瑠衣、お疲れだな」
「うん、流石に少し疲れたよ。こんなに大変だとは思わなかった。僕は今まで執事の仕事を誰かに教える立場に立ったことがなかったからね」
夕食後、俺たちの部屋に戻ると、瑠衣はそそくさとパジャマに着替えだした。
「今日はもうベッドに誘ってくれるのか、積極的だな」
「ち、違うよ。その、眠くて」
瑠衣は面映ゆい表情を浮かべてはいたが、パジャマのボタンをしっかり上まで留めて、そそくさとベッドに潜ってしまった。
「なんだ、もう寝てしまうのか」
「う……ん、朝から桂人の相手をして疲れてしまったんだ。お願い、寝かせて」
「そうか」
おいおい、俺は桂人の濃くて渋い紅茶を飲んだお陰で、全然眠くないのだが……さてと、どうしたものか。
「なぁ、でも俺はまだ眠くないよ」
「昨日も一昨日も、沢山抱いてもらったから……今日はもう大丈夫だよ。ごめんね」
瑠衣は、もう殆ど寝落ちしている状態だ。
いやいや、俺が大丈夫じゃない。瑠衣のことは、毎日でも抱きたい。
まぁ確かに今日の瑠衣はかなり奮闘していた。きっと限られた時間で伝えたいものが多いのだろう。君が頑張る姿を見るのも悪くないよ。ビシッと執事姿の君を見るのは、ロンドンの屋敷での若かりし頃を思い出して、懐かしくも切なくもなる。
こんな日は俺の記憶の中にだけ存在する……19歳の瑠衣に会いたくなる。
そうだ、あのピアス……また、つけて欲しいな。英国に帰る前に日本で処置してもらおう。瑠衣の躰に常に俺の存在を刻んでおきたい。そう思うのは欲張りか。
今宵は長い夜になりそうだが、恋人はもう夢の世界の入口だ。
ぶかぶかな白い絹のパジャマを着た瑠衣は、ベッドの中で目を閉じた。
俺は服を脱ぎ捨て、全裸で瑠衣の布団に潜りこみ、彼の細い腰を手繰り寄せた。
「せめて添い寝は、させてくれよな」
「……んっ……あたたかいよ」
瑠衣は俺の胸元に顔を摺り寄せ、安心しきった表情で眠りに落ちて行った。
「いい夢を……」
***
やれやれ今日は急患続きで、帰宅がかなり遅くなってしまった。品行方正で規則正しい生活を心がける柊一は、もう寝てしまっただろう。
少し残念な気持ちで帰宅した。
ところが、正面玄関の街灯の下に立つと、柊一の声がふわりと降って来た。
「海里さん! 」
「柊一? まだ起きていたのか」
「お帰りなさい」
「ただいま」
「今、そちらに降りますね」
彼はブルーグレーの上質なパジャマにグレーのカーディガンを羽織っていた。風呂に入った黒髪はいつもより更にサラサラで、石鹸の爽やかな香りが漂っている。
そんなに清楚な雰囲気を醸し出して、俺のお出迎えか。
本当に可愛いな……俺の好みの塊だ。
「どうした? 珍しいね。眠くないのかい」
「そんな風に子供みたいに扱わないで下さい。今日は魔法をかけてもらったので、目が冴えています」
お? また可愛い事を! この家の当主としての凛々しい柊一もいいが、俺と二人きりのロマンチックな柊一が本当に好きだと、しみじみと思う。
「魔法だって? それは大変だ! 誰にかけられた? 」
わざと大袈裟に反応すると、柊一は目を丸くしていた。
「えっと……ケイトさんに」
「くくっ確かにケイトは森の精霊だもんな」
「はい、彼は彼なりに精一杯頑張っているので、応援してあげたくて」
育ちがいい柊一は、どんな人でもまず信じることから始める。その習性は変わらない。それによって過去に利用されたり踏みにじられたりもしたが、根本は変わらない。
「そんな柊一が、俺は好きだ」
「海里さん……うれしいです。あ、あの、お食事は?」
「うん、何かあるかな? 」
「今、用意しますね」
一時的にアーサーと瑠衣も加わり賑やかな屋敷だが、今はとても静かだ。柊一の声だけに集中できる。
「まだ起きていられそうか」
「はい、今日はとことんお付き合いします」
「ははっ、何に?」
「あっ」
頬をさっと赤らめる様子が可愛くて、食後に甘いデザートが欲しくなり、ベッドへと誘った。
「おいで。君にかけられた魔法を解いてあげよう」
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