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その後の日々 『執事レッスン』 9

「アーサー、君はいつだって優しいね」 「ん? どうした?」  僕の後ろを忠犬のようについて来るアーサーの様子に、苦笑してしまった。    ご褒美が早く欲しいけど、がっつけなくて、いい子に待てしている犬みたいだよ。それじゃ……  もっと、がっついてもいい。今すぐ部屋に戻って、僕を裸に剥き、ベッドに縫い留めてくれてもいいんだよ。昨日だって……寝てしまった僕を叩き起こして、ぐったりするほど抱いてくれても、よかったのに。  って……僕、一体何を考えていたんだ。恥ずかしい。  先ほどの柊一さまと海里の仲睦まじい事後の朝にあてられたとか……まさかな。    別館のテツと桂人の部屋にやってきた。  この二人はどうなっているか……少し心配だ。  トントン──  扉を叩くが返事はない。もう一度。  トントン── 「まだ眠っているのかな」 「朝からお取込み中じゃ」 「まさか」    アーサーと顔を見合わせていると、扉が乱暴に開いた。 「誰だ? 」 「ええっ! 」 「お前その恰好! 」  出て来たのは、シャワーの途中だったらしい桂人だった。しかも……海里さんのように腰に白いタオルは巻いておらず、堂々と真っ裸だ。    驚くと同時に感心してしまった。    森宮家での大騒動でも桂人の全裸は見たが……あの時の彼はボロボロの状態でそれどころじゃなかった。でも今は違う。改めて眺めると、よく鍛えられ引き締まった上半身、特に胸の筋肉のつき方が芸術的に美しい……細身なのにしなやかな豹みたいに綺麗な躰を目の当たりにして、またもや僕の頬は火照ってしまった。  あぁ駄目だ。こんなに頻繁に男の裸に顔を赤らめていては、アーサーに何を言われるか。 「あ、コホン……桂人おはよう。って、服はどうしたの?」 「服? 風呂上りはいちいち着ないよ」  そうなのか! 刺激的だな。  僕も真似してみようか……いやいや、流石にそれはない。 「だが……ちゃんと拭かないと風邪を引くよ」 「そんな軟じゃない」  そう言ってクールに笑う桂人は、男気があり硬質な色気で溢れていた。  顔立ちは似ているのに、僕たちは真逆だね。考え方も躰の鍛え方も。  僕ももう少し躰を鍛えたくなった。疲れて寝てしまうなんて……もっと丈夫だったら、昨日、アーサーに寂しい思いをさせなかったのでは。  アーサーが僕を大事に大切に思ってくれるのは嬉しい。でもそれが僕の悲しい過去がそうさせているのなら、少し寂しいよ。  もう壊れないから、もう失くさないから、大丈夫。早くそう告げたくなってしまった。 「突っ立ってないで入れば」 「桂人その言い方はよくないよ。こういう時はまず朝の挨拶、そして『どうぞお入り下さい』と言うものだよ」 「分かったよ。えっと……おはよう。どうぞ」 「くすっ」  ぶっきらぼうだけど素直だ。人に慣れていないだけで、根はいい子だ。 「それにしても、テツの姿が見えないようだけど」  アーサーがキョロキョロと部屋を覗いている。 「あぁテツさんなら抱き潰されて、まだ目覚めない」 「ええっ!」 「え!」  またもやアーサーと顔を合わせて、驚愕してしまった。 「だ、抱き潰されたって、テツが受け入れる方だったのか」  アーサーの素っ頓狂な声に、桂人は快活に笑った。 「はぁ? アーサーさんって、やっぱり面白い外人だな。くくっ」 「だが、どういう意味だ」 「あーつまり俺を抱き潰して力尽きたから、テツさんもある意味、俺に抱き潰されたになるのかなと」 「へぇ……お前ってタフだなぁ……いやぁ……これはもう尊敬するよ」 「そうか、ありがとうな」    確かに、ベッドにはテツさんがぐったりと横たわったままだ。  この騒動に未だ起きる気配もない。  あのテツさんの疲労困憊の姿……なんとも痛々しい。  本当にタフだよ。桂人は…… 「そ……そうだ、紅茶を持ってきたよ。飲むかな」 「ありがとう。今日は真面目にやるよ。もう一度教えてくれ。今度は瑠衣さんが飲んで味を見てくれよ」 「おっ、いいな、それ! 是非濃いのを頼む! 」  アーサーが、何故か積極的に返事をしていた。

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