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その後の日々 『執事レッスン』 10
「どうだ?」
桂人が出してくれた紅茶は、透き通るような飴色で香りも味も申し分なさそうだ。
隣でテイスティングしている瑠衣も、意外そうな表情を浮かべていた。
俺としては瑠衣が眠れなくなる程の、とびっきり濃い紅茶を飲ませて欲しかったのに、これは拍子抜けだ。
「……美味しい。いつの間にマスターしたんだ」
「まぁな。昨日のアレには流石に懲りたんだ。まさか、あんな強烈な媚薬になるなんて参ったよ。おれ……テツさんに明け方まで寝かせてもらえなくて参ったよ」
桂人は決まり悪そうに、苦笑していた。(その割に、今はピンピンしているが、若さか、鍛え方が違うのか、興味が沸いてくる)
「媚薬? 何だそれ! 俺も欲しいな」
その言葉に食いつくと、瑠衣に冷ややかな目で見られた。
おいおい、そんな顔で見るなって。俺はいつだって君の忠実な騎士だろう?
おばあ様のお屋敷で誓ったのを、今でも忘れていない。
まぁその、最近はどうも……騎士というよりは忠犬のような気もするが。
「アーサーさんは面白いな。媚薬の作り方はテツさんが詳しいんだ。聞くといい」
「ほう、それは耳寄りな情報だ」
その時ドタバタと足音が聞こえ、扉が勢いよく開いた。噂をすれば桂人の相棒のテツの登場だ。
「桂人! ここにいたのか。心配したぞ」
「おはよう、テツさん。よく眠っていたから起こさなかった」
「え……あ、あぁ」
テツは、恥じ入るような神妙な顔になった。
「よう! 丁度いい所に来たな。媚薬の作り方を教えてくれよ」
「え?」
「渋い紅茶に反応するんだろ? 」
ニヤリと尋ねると、真顔で忠告された
「やめといた方がいい……あれは後悔する。愛する人の前で痴態を晒すことになるぞ」
「……痴態って」
確かに、今は生気を取り戻しているが、こんなにタフな体格のテツが、まるで枯れた老人のように行き倒れていた姿は、実に不様だった。
英国紳士たるもの、あのような醜い姿を愛しい人に見せられないな。
「アーサー、諦めてくれた? 僕はそのままの君がいいよ」
瑠衣が隣で甘く上品に微笑む。紅茶で湿ったその唇……艶めかしいぞ。
あぁそんな顔を見せられたのでは、俺の騎士のような忠実な忠誠心が、ムクムクとまた蘇ってしまう。
「御意に! 」
「くすっ英国紳士らしい君が、僕は好きだよ」
小声でご褒美をくれる瑠衣が好きだ。
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「柊一そろそろ下に降りようか」
「あの、昨夜は僕……」
「大丈夫。とても可愛かったよ」
「すみません。結局……いつものように意識を飛ばしてしまったのですね」
耳朶を染め、ベッドの上で羽毛布団をギュッと握りしめる柊一が可愛くて、シャツを着ていた手を止めて、額にチュッとキスをしてあげた。
「ここを、覚えている? 」
「あっ」
柊一の指先を誘導して、俺の首筋に君がつけてくれたキスマークに触れさせた。
「上手につけてくれて、ありがとう」
「は、恥ずかしいです」
柊一の胸元から太股の際どい部分には、この何倍もの痕がついているのに、俺の身体にただ一つ咲かせた花に恥じ入る……慎ましい君が好きだ。
昨夜、これを強請ったのは俺だ。
君は従順に懸命に、何度も何度も吸ってくれた。俺の肌に子猫のように吸い付く小さな唇が、くすぐったく、心地良かった。
「もう魔法は解けてしまった? 」
「また……かけてもらいたいです。テツさんにお願いしないと」
「ははっ期待しているよ。また花を咲かせてくれ」
あとがき(不要な方はスルー)
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アーサーの忠実な騎士の誓いは、『ランドマーク』の本日更新分で描いております。この二人の現在の関係……書いていて、楽しいです。完結後の余談に長々とお付き合い下さってありがとうございます。
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