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その後の日々 『執事レッスン』 12
「瑠衣もアーサーさんから忠誠を尽くされ、愛されているんだね」
「それは……はい、認めます。あぁでも私がお育てした柊一さまと、このような話をするのは、やはり照れますね」
そう言いながらも瑠衣の頬は薔薇色に上気していた。きっと今、アーサーさんを、心の中で想っているんだね。ずっと年上の瑠衣が今日は可愛らしく見えた。
瑠衣は、いつも父さまの仕事をしっかりサポートしてくれ、母の良き相談相手だった。そして僕たち兄弟にとって|道標《ランドマーク》のような存在だった。
瑠衣がいなかったら、今の僕はいないと言っても過言ではない。だから改めて何度でも伝えたいのは……感謝の言葉だ。
「瑠衣が13年間、僕の傍にいてくれて本当に嬉しかった。父さまと母さまにとっても大切な存在だった」
「私も、この家で過ごした13年間が愛おしいです。悔いはありません」
「ありがとう。そんな風に言ってもらえるとホッとするよ。ふぅやっと仕事も終わったよ。よかったら少し散歩しない? 」
「いいですね。庭の様子を見に行きましょう」
****
瑠衣と庭を散歩していると、高い木の上にケイトさんを見つけた。
「ケイトさん、降りてお茶にしませんか」
「あぁ柊一さん、あの向かいの家ってなんだ? 」
「あぁあそこは僕の幼馴染の家ですよ」
「ふぅん、会ってみたいな」
「そうなの? じゃあ遊びにきてもらいましょうか」
「本当か! あの庭を走り回っている犬に会いたい」
えっ犬? 瑠衣と顔を見合わせてしまった。
「柊一様、白江さんは犬を飼いだしたのですか」
「うん、確か大型の秋田犬だよ」
「……秋田犬ですか。それは是非会ってみたいですね」
瑠衣まで犬に興味持つなんて、珍しいな。
白江さんに連絡すると、嬉しそうだった。
『実は柊一さんからお声がかかるのを、ずーっと待っていたのよ。住み込みの逞しい庭師を雇ったのよね? ねぇねぇあと、木登りが上手な子がいるでしょう。この前から気になっていたのよ』
『うん、あの、よかったら白江さんの飼っている犬も一緒に連れて来て欲しいな』
『いいわよ~』
二つ返事で秋田犬を連れてやってきた彼女を、瑠衣が恭しく出迎えた。
「柊一さま、せっかくなので、テラスでお茶会をしましょうか」
「いいね」
この屋敷は、ホテルのレストランとして、いよいよ12月に開業する予定だ。だからこんな風に、庭先で気ままに過ごせることも少なくなる。
「柊一さん。あの子どうしたの? 野性味があって素敵よ」
「あぁケイトさんは新しい庭師のひとりだよ。執事の仕事もやってもらおうかと修行中なんだ」
「ふぅん、少し変わっていそうだけど、いい眼差しね。しかしこのお屋敷って美形揃いの夢の世界ね。これで後は金髪の王子様が登場したら完璧じゃない? 」
その言葉と共に颯爽と現れたのは、アーサーさんだった。
「お呼びですか。お嬢さま」
「あらやだ、本当にいた! しかもお嬢さまだなんて」
美しい白江さんは、もう既婚者だ。
「私はこう見えても双子の女の子のママなんですよ」
「え? 見えません。私は英国人のアーサー・グレイです。霧島瑠衣の恋人ですよ」
「えっ何それ? 素敵!! 」
自然な自己紹介に、白江さんは頬を染めていた。
「やっぱりロマンチックね。まるでおとぎ話のようなお屋敷よ。ここは」
「それより、この犬と遊んでも」
そこに突然、ケイトさんが話の流れを無視して割り込んできた。物怖じしないのはいいが、目は犬に釘付けだ。
「あ、君ね。木の上からこっちを見ていたのは。いいわよ。この子はテンという名前の秋田犬よ」
「秋田……そうか、だからか」
ケイトさんは秋田犬を懐かしそうに見つめていた。秋田といえば、そうか、ケイトさんやテツさんの故郷だ。
「おれんちにも、いたんだ……こいつみたいなの。テン、来いよ」
ケイトさんはふわっと優しい眼差しで犬を抱きしめた。まるで弟や妹を見守る兄のような視線だった。
ガッチリとした逞しい体型にスラっと長い脚、太くてくるりとした尻尾が特徴的な秋田犬は、すぐにケイトさんに懐いた。
「ワンワン! 」
「ふむ、これが忠犬か……どこかで会ったような」
隣でアーサーさんが感心したように、呟いた。
そうか、さっきからこの犬、誰かに似ていると思ったら……アーサーさんだ。
飼い主に忠実な秋田犬は、忠誠心が厚く従順で命令に素直に従い、飼い主に寄り添う性格であると言われている。瑠衣も同じ事を考えたらしく、少し楽しそうに笑っていた。
「アーサー、君も秋田犬が気になるの? 」
「瑠衣、何故か他人には見えないんだ」
「くすっ、君はよく自分のことがよく分かっているんだね」
「ん? それどういう意味だ」
「ううん、こっちの話だよ。お茶の仕度を手伝ってもらってもいいかな」
「もちろん!」
いそいそと瑠衣の後ろをついて歩く姿に、やっぱりと思ってしまった。
優しい人だね、アーサーさんって。由緒正しき大貴族の生まれだと聞いたが、そんなのおくびにも出さない真の英国紳士だ。
「二人はお似合いね」
「うん、そうなんだ」
「瑠衣も、本当に良かったわね」
白江さんはどこまでも寛容な女性だった。
そんな彼女を囲んで、勢揃いしたメンバーでお茶会を開こう。
天国のお父様とお母様にも見て頂きたい。
冬郷家の今の姿を。
おとぎ話のような現実の光景を!
「柊一さん、凄い、凄いわ! 今の冬郷家は、白亜の城に騎士や王子様がひしめくような夢の空間よ。本当に良かったわね」
「ありがとう……最高の誉め言葉だよ」
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