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その後の日々 『執事レッスン』 13
外来診療が午前中で終わる土曜日は、夕方には帰宅出来るのが嬉しい。
今日はいつもより早く仕事が終わった。
一分一秒でも早く柊一に会えるのが嬉しくて、俺は始終上機嫌だった。
冬郷家に戻るために電車に乗ると、車両は秋の夕日を浴びて長閑な雰囲気に包まれていた。その光の輪の中で、学ラン姿の少年が楽しそうに歓談しているのが目に入った。
お? 中学生か。この時間は、ちょうど下校時間か。
あれ? その中に、雪也くんの姿を見つけた。
輪の中心で肩を揺らし、快活に笑う健康的な笑顔に驚いた。
へぇ、これは……
いつも屋敷にいる大人しい雪也くんしか見ていないので、意外な気分になった。
何だろう。こうやって客観的に見ると、柊一よりしっかりしているようにも見えるな。
最初は兄に守られる病弱な弟だと思っていたが、実は逆なのかもしれない。
彼は来年手術を受ければ、きっと……もっともっと逞しくなるだろう。俺がその手助けを、しっかりサポートしてやりたい。
骨格もしっかりしてきたし、身長も伸びそうだ。きっと柊一と10歳の歳の差なんて感じさせない頼もしい青年となり、柊一を生涯支えてくれるだろう。
明るい未来を心に描くと、とても微笑ましい心地になった。
「海里先生! 」
ホームに降り立つと、雪也くんが声をかけてくれた。
「ユキヤーまた明日な!」
「あっうん! バイバイ!」
学生らしい会話でクラスメイトを見送る横顔もいい。活気に満ちているな。
充実した学生生活を、最近は過ごせているようで安堵した。一時期は体調も悪く、満足に通えない時期も多かったので猶更だ。
「お待たせしました。海里先生と同じ電車になるなんて、初めてかもしれませんね」
「そうだな。学校はどうだ? 」
「あ……」
雪也くんが、突然ぽっと頬を染めた。
「どうした? 言えないような成績でもあるのか」
「もうっ違いますよ。ただ、なんだか海里先生って、最近お父様みたいで。あ……すみません。こんな言い方」
「いや、嬉しいよ。俺は君にとって、そんな存在にもなりたいと思っているからね」
「嬉しいんです。誰かに成長を見守っていただけるのが、とても」
「あぁ、君の将来をずっと見守らせてくれ」
「ぜひ! そうして欲しいです」
父親の愛か。俺に務まるか分からないが、雪也くんに感じる愛の形のひとつが、父親の愛だろう。
「海里先生、今の冬郷家はとっても賑やかですね」
「そうだね」
「刺激的だし魅惑的です。あぁ僕は本当にあの家が好きです」
「俺もだよ」
さぁふたりで肩を並べて、大好きな家に戻ろう。
「ただいま!」
「ただいま」
帰りたい家がある。会いたい人がいる。
少しでも長い時間一緒にいたい人がいる。
こんな幸せが好きだ。
門を潜ると、テラスに大きなテーブルが出され、柊一の幼馴染の白江さんを囲んで、優雅なお茶会が開催されていた。アーサーの金髪が木漏れ日に揺れて眩い。それを見つめる瑠衣の優しい眼差しもいいな。
「ワンワン!」
「わ! テンも来ていたのか」
俺を真っ先に呼びに来たのは、白江さんの飼い犬の秋田犬だった。
続いて桂人が一目散に走って来る。俺を迎えにじゃなく、テンを追いかけてだが。
「テン! 待てって、あ、海里さん、お帰りなさい」
「あぁただいま」
桂人の無邪気な笑顔もなかなか良かったが、俺は更にその先に目をやる。
瑠衣と一緒に紅茶を入れている柊一の横顔の美しさに、ハッと目を奪われた。
自然光の中で、静かに輝く俺の宝物。
「お帰りさない。海里さん」
ニコッと控え目に微笑む君が、一番好きだよ。
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