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その後の日々 『執事レッスン』 14
「瑠衣、何を作っている? 」
「ん、桂人のために、もっと詳しく『執事の心得』を書き記しておこうと思って」
「ふぅん、いいね」
アーサーがどこまでも優しい眼差しで、僕を見つめる。
「あの……『そんなこと余計なお節介だ。桂人の自由にさせてやれ』とは言わないの? 」
「まさか」
「ふっ、君は本当に僕に甘いね」
「甘いんじゃない。君の気持ちを尊重しているんだよ」
「……やっぱり甘いよ」
そんな押し問答のあと、僕は君をベッドに誘う。
「そろそろ寝ようか」
「瑠衣、褒美をくれるのか」
「アーサー、君はもっと貪欲になっていいんだよ。僕に対して……」
「……これでいい。これが落ち着くんだ」
白いシーツの上で、優しく紐解かれ……バスローブを肩から落とされる。
「こんな淫らな姿で待っているなんて……瑠衣は無防備だ」
「……君に抱いてもらいたくて……待っていた」
僕たちの逢瀬は、いつも少しだけ……切ない。
それが何故だか知っている。
かつて……この行為を『別れの儀式』にしたことがあるからだ。
君に植え付けてしまったあの日の記憶を全て消してあげられないのが、もどかしいよ。
「瑠衣……瑠衣……抱いても消えないよな? 」
「当り前だ。もう離れないから、大丈夫だから、深く……来て! 」
****
「桂人、何をしているんだ? 」
風呂から裸で上がると、桂人が机に向かっていた。熱心に何かを書き写していた。覗き込むと、瑠衣が作った『執事の心得』を書き記したノートだった。
「何って……瑠衣さんが次々に宿題を出すから……テツさん、丁度いい所にきた。教えてくれよ。これは何と読むんだ?」
俺の裸よりも勉強に夢中の桂人が可愛くて、思わず目を細めてしまった。
「ちょっと待ってろ、何か着て来る」
「あ……うん」
もう少し俺を意識して欲しいが、今の君はスポンジが水を吸うように知識を吸収したがっている。これは止められないよな。
「どこだ?」
「この漢字」
「あぁこれは『忠誠《ちゅうせい》』だ」
「ふぅん……どういう意味だ? 」
「そうだな。執事の心得の一つでもあるな。忠実で正直な心。 また大切な相手に自己を捧げ、尽くそうとすることだな」
「なるほど……いい言葉だな。これは……大切な相手がいないと使えない」
桂人はまともな教育を受けていない。でも……だからこそ、彼の言葉は素直で飾り気がない分、鋭く心に刺さる。
「おれは……この冬郷の家に……そしてテツさん、あなたに誓うよ。忠誠を。それにしてもテツさん、もう寝間着を着てしまったのか」
「なんだ? 見ていたのか」
「あぁ刺激的だったからな」
ニヤっと笑う桂人の顔には、硬質な色気が生まれていた。
あとがき(不要な方はスルー)
****
ランドマークを今朝は書いて、展開にとても切なく苦しくなりました。
でも「まるでおとぎ話」の世界で、彼らに会うとホッとします。
瑠衣たちが帰国するまで、このような感じで、のんびりと幸せの余韻を
私も楽しんでおります。
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