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その後の日々 『別れと出発の時』 1
あれから丸1週間。僕はマンツーマンで午前中、桂人に執事としての心構えやテーブルマナーを教え込んでいる。
最初は馴染まない生活に抵抗していた桂人だが、執事として、いや人間として……毎日の積み重ねの大切さを解くと、素直に納得してくれた。
どうやら、心に届く言葉があったようだ。
「桂人、お疲れ様。午後はテツと庭仕事をしてきていいよ」
「分かった……なぁ瑠衣さんは、いつまで日本にいるんだ」
「あと数日だよ。もうそろそろ帰り支度をしないといけないね」
「ふぅん……帰っちゃうのか、なんだか寂しくなるな」
珍しいな……そんな、しおらしいことを。
15歳から25歳までの10年間、頼る人が皆無で……たったひとりで生きてきた桂人だが、元来の性格は甘えん坊なのかもしれない。強がって生きてきた彼は、この安全で安心な冬郷家で、本来の気質を取り戻してきている。
それが本当に嬉しい。
それというのも柊一さまのお陰だ。僕がお育てした柊一さまは、立派な当主になられた。控えめだが慈愛に満ちた采配で、集う人の気持ちを穏やかにしてくれる。
「桂人もいつか英国においで。英国のガーデニング風景は素晴らしいから、テツと学びにくるといい」
「瑠衣さん……おれにとっては異国なんて……夢のまた夢だよ」
桂人の置いた言葉は、かつての僕の言葉だ。
僕も森宮の館に奴隷のように閉じ込められていた。この世に生まれた瞬間から堕とされ、屋根裏部屋に押し込まれ、ずっと身動きが取れない状況だった。
いや、それでも学校に通え、温かい食べ物を食べられたのだから、親に捨てられ、狭い社に閉じ込められていた不遇な桂人と比べれば、ずっと恵まれていたのか。
そんな僕が英国に行けたのは、あの惨い事件が契機だった。掛け合ってくれた海里と、海里の意見に従ってくれた父のお陰だった。
僕が父に優しくされたのは、ここまでの人生でたった三回だ。
母が亡くなり、病院に迎えに来てくれた時の……門まで手を繋いでくれた温もり。
英国に送り出される時。静かに窓の外から見送ってくれていた。
英国から単身で戻った時。あの時は……
もう随分会っていないな。せめて日本にいるうちに会って行こうか。もうずっと入院していると聞いている。
久しぶりに、縁の薄かった父を想った。
それでも、あなたがいなければ僕は、この世に産まれてこなかった。
アーサーと出逢えなかった
だから、心の奥底ではいつだって……あなたは僕の父親だった。
****
その日の明け方のことだった。
アーサーの腕に宝物のように包まれ、背中に感じる人肌に寄り添っていると、部屋の扉が控えめにノックされた。
「誰……? 」
「瑠衣……俺だ。今、いいか」
「海里? ちょっと待って」
まだ裸だったので急いでバスローブを纏い扉を開けると、海里はどこか沈んだ様子で、神妙な顔をしていた。
「どうしたの? 」
「あぁ、さっき兄貴から連絡があってな」
その時点で、胸騒ぎがした。
昨日、思い出した、あの人のことを……
「……急なことだが、父が未明に亡くなったそうだ」
「そ、そうか……」
予感は、やはり的中した。
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