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その後の日々 『別れと出発の時』 4

「あの、海里。アーサーに立ち会ってもらっても……いいかな」 「もちろんだ」    すぐにアーサーが医務室に神妙な面持ちで、やってきた。  雪也くんに何かあった時のために、冬郷家に医療器具を整えておいて良かった。そういえば日本にやってきたアーサーの左耳にも、赤いルビーのピアスがついていたが、ヨーロッパでは片耳ピアスは珍しいことでもないので、気にも留めなかったな。 「さてと、瑠衣はどちらの耳に開ける? 」 「……そうだね。アーサー、どちらがいいかな? 」  大切な局面で、瑠衣はいつもアーサーに意見を求める。互いに思い合っている証拠だ。 「そうだね……あ、そうだ。君たちは知っているか。片耳のピアスの由来には中世ヨーロッパの文化が関係しているんだぜ。男性が左耳だけにピアスを開けている場合は『守る人』という意味があるのさ」 「そうなの? 」 「中世ヨーロッパでは男女が歩く時は、男性は必ず右側を歩いていた。男性の利き手の右側を開けておくことで、すぐに女性を守れる意味があったそうだ。だから男性は左だ。だから女性は歩いている時に、お互いのピアスが見えるように、右につけるそうだよ」 「そうなのか。ということは、女性の右耳の片ピアス『守られる人』という意味なんだね」  二人の会話を、静かに見守った。  瑠衣はどちらにつけると言うのか……興味があるな。 「僕は……」 「俺は、瑠衣にも左につけて欲しい」 「えっ、それで……いいの? 」 「あぁ、男の右耳は駄目だ。瑠衣を危険な目には遭わせられない。それに君は俺の『守り神』だから左だ」  アーサーが熱弁している。  この二人を見ていると、父が身罷った喪失感が薄らいでくるな。  今を生きているから、今、出来ることを、満喫したくなる。 「くすっ、アーサー落ち着いて。僕も出来れば、左につけたい思っていたよ。何故なら、僕は君の躰を守ることは出来ないが、えっと体格差がありすぎるという理由でね。でも、君の心を守る人ではありたいから」 「瑠衣……」  二人が抱擁しあう。そして流れるような自然な動作で、アーサーが瑠衣の唇を奪う。 「あっ……」  弟の瑠衣の口元が、ふんわりと優しく綻ぶ。 「あーコホン、コホン。そろそろいいか、俺がいるの、忘れていないよな? 」 「おぉ、頼む」 「か、海里。ご、ごめん」  アーサーは悠然としたままで、瑠衣は照れまくる。本当に可愛い奴らだ。 「瑠衣、では開けるぞ」 「うん、お願い」  瑠衣の可愛らしい耳たぶに、小さな穴を開けた。その間、まるで愛しい人の出産を見守る旦那のように、アーサーがオロオロしている様子が微笑ましい。 「よし、これでいいな」 「瑠衣、痛くないか」 「くすっ、大丈夫だよ」 「瑠衣、似合っているよ」 「ありがとう。君が近くにいるようで……勇気が出るよ」  アーサーが瑠衣の顔をじっと見つめながら、笑った。 「瑠衣、男性の片耳ピアスの、もう一つの意味を思い出したよ」 「何? 」 「勇気と誇りだ」 「そうか『勇気と誇り』いい言葉だね。じゃあ……そろそろ海里と行ってくるよ」 「気をつけて。それから、俺も葬儀には参列させてくれ」 「え……でも」 「駄目か。会社の人に紛れてでいい。そっと見送らせて欲しい」 「何故……」 「だって君のお父様だろう。俺の大切な君を、この世に送り出してくれた人だ」  アーサーの言葉は、俺の胸も打つ。  

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