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その後の日々 『別れと出発の時』 10
「海里、今日はお前が手伝ってくれて助かったよ。疲れただろう」
「兄貴こそ……」
「明日は告別式だな、明日も頼むよ」
「あぁ、役に立てるように頑張るよ」
社葬にしたこともあり、今日の通夜では想像以上の人が弔問に訪れて下さった。改めて思うよ。父さん、あなたは偉大な功績を遺したのですね。私生活ではいろいろありましたが、ホテルをここまで大きく出来たのは、あなたの力だ。
しかし、疲れたな。
次男である俺ですらヘトヘトなのだから、兄貴はもっと疲弊しているだろう。きっと俺の何倍も気を遣っただろうしな。
考えてみれば兄も過酷な運命を背負っている。生まれながらに旧家の跡取り息子で、事業継承のため幼少から厳しい帝王教育を受け、本来ならばおっとりとした性格なのに……のんびりしている暇はなかった。いいように周りに煽てられ……父からは常に厳しい命令を受けていた。
兄貴の友人が瑠衣にしたことは未だに許せないが、自由に英国留学させてもらい、事業の手伝いもせずに、医師になる道を許してもらった俺とは違う……茨《いばら》の道を歩んできた人なのだ。
「海里、瑠衣にも礼を言ってくれ」
「ちゃんと伝えるから、安心してくれ」
瑠衣は公には公表されていない息子なので、瑠衣の方から裏方にまわると申し出ててしまった。気を遣わせて悪かったな。だが、執事の田村と一緒に働く瑠衣の姿は、毅然としていて凛々しかった。
瑠衣……美しく洗練された動きだな。研ぎ澄まされた凛とした彼の姿を、通夜の最中に何度か見かけて、頼もしく思った。
高校時代に彼を英国に連れて行ったのは、あまりのか弱さに放って置けなかったからだ。だが今は違う。アーサーと対等に愛し合っているのが伝わってきて、兄として思わず笑みがこぼれてしまう。
「瑠衣、そろそろ帰ろう」
「うん、お疲れ様」
「瑠衣こそ」
「お互いに……だね」
瑠衣と二人で冬郷家に戻ってきた。
「ここに戻ってくるとホッとするね」
「瑠衣、お前がここで過ごした13年間が無駄でなくてよかったよ。俺の柊一を、あのように優しい青年に育ててくれて、ありがとうな」
「何を言って? 柊一さまの優しさは、僕が初めてこの館に来た時から変わっていないよ。そういう素質をお持ちの天使のようなお方だ」
「……そうか」
「僕も何度も何度も救われた。だから、僕が育てたのではなく、僕を育ててくれたんだよ」
瑠衣の言葉が、すっと心に届く。
屋敷の玄関を開くと、すぐに柊一が息を切らせて駆け寄ってくれた。
「海里さん! お帰りなさい。あの……お清めのお塩を用意しておきました」
そのまま一緒に、俺と柊一が夜を共にする部屋に入った。
衣裳部屋にもそっと付いて来るのが、可愛らしい。
「あの、お着替えを手伝います」
「ありがとう、喪服は久しぶりだ。母さんが亡くなって以来だな」
「……海里さんのお母さまは、お若くして亡くなったと」
「うん、俺が大学の時に……急な心臓発作でね」
「そうだったのですか。海里さんも僕と同じなんですね。僕も大学生の時でしたから」
「君の場合は……両親が同時だった」
「はい……お出かけになるまで、いつもと何も変わらずお元気だったので、信じられませんでした」
当時の柊一の傍に、いてやりたかったよ。
「柊一……寂しかったな。辛かったな。頑張ったな」
思わず柊一を抱きしめ、彼の肩に顔を埋めてしまった。今更かもしれないが、当時の君に伝えたかった言葉を、ここに置かせてもらおう。
「海里さん……海里さんも辛いですよね。寂しいですね……あ、あの……でも、もう、離して下さい」
「なんで? 俺はもっと君に触れていたいのに」
「その……ぼ、僕が困るんです……」
「何故だい? 」
柊一の顎を掴んでクイっと上を向かせると、頬を赤く染めていた。
「だって……ずるいです……喪服姿が、そんなに素敵だなんて……」
「柊一、君って人は」
何を言うかと思ったら、それは可愛すぎるよ。
今日一日の疲れも、気苦労も……全部、飛んでいく。
生きているからこそ感じる、胸の高鳴り。
ドクドク、ドクドクと早まる鼓動。
「そう? 」
「あの……こんな時に不謹慎なことを言って、すみません」
「いや、とても嬉しいよ。君をドキドキさせられて……なぁ俺をもっと癒やして欲してくれないか」
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