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その後の日々 『別れと出発の時』 11

お通夜から戻った海里さんは、口には出さないが疲れているようだった。  無理もない。日常とあまりにかけ離れた1日だったはずだ。  僕にも経験がある。両親が亡くなった時は、まだこの屋敷は使用人で溢れ、父の会社の重役たちもすぐに集まってくれ、親戚も大勢駆けつけてくれた。だからお通夜とお葬式は、大規模なものとなった。本当はもっとひっそりと見送りたかったが……  故人とゆっくりお別れをする場合ではなく、すべき事に追われ……時間があっという間に過ぎてしまった。終わってみれば、疲労感で押し潰されそうだった。  あの日の僕は、ひとりだった。思えば、日に日に余所余所しくなる重役や親戚達は、既に会社の状況を知りつつあったのだろう。  その後、手のひらを返したような仕打ちを、受け入れた。  だから……全力で僕が壁となり、雪也を守った。  今宵は、あの日の僕が欲しかった人に、僕がなろう。  海里さんには、あんな寂しい思いをさせたくないから。  僕は海里さんから、溢れんばかりの愛情を注いでもらっている。だから……こんな日こそ、お役に立ちたい。  衣装部屋で海里さんを慰めるつもりで見上げると、彼の華やかな顔立ちが哀しみに濡れて色香が溢れ、目のやり場に困ってしまった。キュッと締められた黒いネクタイすら官能的に見えて、溜まらない。  僕の心の揺らぎは、すぐに見破られてしまった。  ドクドクと鼓動が早まっていく。   「柊一? どうした? 」 「ずるいです……喪服姿が、そんなに素敵だなんて」 「参ったな。柊一、君って人は」  不謹慎な発言を詫びようとしたのに、何故か衣装部屋で、ハンガーに吊された海里さんの衣類に押しつけられ、そのまま深く抱きしめられた。  背後の海里さんの衣類から感じる彼の残り香。そして僕を正面から抱きしめる海里さん自身の匂いと温もり。 「あ、あの……」 「あいつらは衣装部屋で愛を育んだと言っていた」 「あいつらとは? 」 「アーサーと瑠衣だ」 「そうなんですね」  アーサーと瑠衣。大人の魅力溢れる艶めいた美形同士が、衣装部屋で抱き合っている姿を脳内で再生してしまい、恥ずかしくなった。  色気に足りない僕には似合わない行為だ。ただでさえ子供っぽいのが気になっているのに…… 「柊一、着替えを手伝ってくれるのでは? 」 「あ、はい」 「ネクタイを外して」 「はい」  彼の喉仏が上下するのを見つめながら、タイを緩めてあげた。 「あぁ窮屈だった。シャツも脱がせてくれないか」 「分かりました」  海里さんの白いワイシャツの釦を一つ一つ外していくと、綺麗な鎖骨が見えてきた。そのまま、はらりと逞しい胸元も露わになる。 「キスしてくれ」 「……はい」  背伸びして唇を合わせ……角度を変えて重ねながら、手で彼の逞しい胸元を辿ってしまった。弾力のある瑞々しい素肌は、躍動感に溢れている。 「お疲れなのでは? 」 「うん、だから君に触れてもらいたい。もっと……ここも」  彼の手が僕の手を掴んで誘導していく。 「あっ、もうこんなに」 「積極的に触れてもらっているからね。それに君だって……」 「んんっ」 「可愛い反応だ」 「だって……ここは海里さんの匂いで包まれているから」 「なるほどな、そういうことか。衣装部屋は官能的だとアーサーが言っていた意味が分かるな」 「もう……許して下さい」 「いいの? 」  僕はあっという間にのぼり詰めてしまいそうになっていた。 「僕があなたを癒やしたいのに……」 「十分癒やしてもらっているけど? こんなに可愛く反応してくれる君といるだけで、俺の心はドキドキしっぱなしだよ」 「僕が……」 「ん、いいよ。君の好きにして、ご覧……」  

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