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その後の日々 『別れと出発の時』 12

 柊一の華奢な躰を、ハンガーに吊された俺のスーツやコートの中へと押しつけた。そしてそのまま強く抱きしめる。 「ん……ここは、前も後ろも全て……海里さんに包まれているようです」  衣裳部屋は俺のテリトリーだ。ここに君を誘い込み、俺だけの色に染めていく。  なるほどな……アーサーがいつか酔った勢いで暴露した話を思い出すよ。 『ロンドンの屋敷では、こっそり瑠衣を衣裳部屋に招き入れて、触れ合っていた』 『……お前、度胸あるな』 『まぁな。でも……あの頃の俺達にとっては、そこが唯一の隠れ家だったんだよ』  隠れ家か。まさにその名の通りだな。  冬郷家は柊一の物で、使用人もテツと桂人しかいないのだから、俺達がどこで何をしても実際は構わない。だが、この部屋から一歩出た途端、柊一は当主と兄の顔になってしまう。染みついた習慣を、優先させてしまうのは無理もない。  衣裳部屋に閉じ込めた彼は、こんなにも綺麗に俺だけの色に染まってくれるのか。それならば、俺にとっても、ここは隠れ家だ。  今宵はいつになく積極的な君に、目を見張るよ。  こんな一夜があってもいい……どこまでも甘えてみたくなる。  柊一に衣裳部屋で喪服をすべて脱がしてもらい、そのまま共に風呂に入った。  彼は風呂場でも、甲斐甲斐しく俺の背中を洗ってくれている。彼にこんな風にしてもらうのは初めてで、感極まる。  柊一も使用人から世話をしてもらう方だった。だから、こんな行為は初めてだろうに、なかなか慣れた手つきに感心してしまうよ。 「あの、洗い残しはないですか」 「あぁ、さっぱりしたよ。おいで。今度は君を洗ってあげるよから」 「大丈夫です。今日は僕が……全部してあげたいんです。あの髪の毛も洗ってみたくて……駄目ですか」 「断れないよ。そんなに可愛く言われては」  柊一も全裸で、きっとかなり辛い状況なのに、我慢強いというか…… 「僕は、海里さんの髪色が好きです」 「そうか」  英国人とのハーフだった母譲りの髪色がずっと嫌いだったが、今は好きだ。柊一が好きだと言ってくれるから。 「蕩けるような蜂蜜色で、とても綺麗です」 「君が気に入ってくれるのなら嬉しいよ」 「はい。大好きです」    シャンプーを指の腹で丁寧に泡立て、上手に流してくれる。 「へぇ、ずいぶんと上手だな。これも瑠衣が手本か」 「あ……はい。僕、今考えたら瑠衣に随分甘えていました。母はそんなに身体が丈夫ではなかったので、雪也を身籠もった時から、僕の世話があまり出来なくなって、でも……その代わり瑠衣と出会えたのです」 「そういう事情で……瑠衣はこの屋敷に呼ばれたのだな」 「そのようです。瑠衣が来る数日前に、父がこう話してくれました。『柊一のために新しい執事を雇った。だが執事といっても一人の年若い青年だ。だから、柊一も彼を大切にしなさい』と……」  あの日……森宮の館には入らず、瑠衣が父と向かったのが、この冬郷家だったのだ。俺は遠ざかる車を、いつまでも見送った。 「瑠衣は母のように優しく、兄のように頼もしく……執事としての仕事ぶりも素晴らしく、僕の両親にも、実の息子のように可愛がられました」 「そうか……本当に、ここでよかった。瑠衣がアーサーと離れて暮らした13年間が、優しさに包まれた日々でよかった」  不覚にも涙が零れそうになった。瑠衣の生い立ち、巻き込まれた事件の数々を想えば、本当に平穏な日々だったな。 「海里さん……あの……また、泣いてもいいんですよ」 「……柊一は、俺を駄目にする」 「そんな。海里さんから見たら僕は十歳も年下で頼りないかもしれませんが、たまにはそういう時間を持って下さい。僕も……その、甘えますから」  俺は堪らなくなって、柊一を浴室のタイルに押し倒してしまった。 「ならば、もう……欲しい。柊一……君の躰を……」 「はい。今度は僕の躰を洗ってください」 「洗うのは、最後だ」 「あっ……んんっ」  彼の腰のタオルを取り払い、そのまま下半身に顔を埋め、すでに溢れていた蜜を吸った。 「ん……っ」 「こんなにして、もう我慢の限界だろう」 「言わないで下さい……」  俺を甘やかして、癒やしてくれるのは、君しかいない。

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