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その後の日々 『別れと出発の時』 13

「お帰り」 「アーサー、まだ起きていたの? 」 「当たり前だ。瑠衣、寂しかったよ」 「ん……僕もだ」 「あれ? 今日は素直だな」 「疲れた……Awayなんだ。森宮家は、僕には場違い過ぎて……」  アーサーの顔を見たらホッとして、僕にしては珍しく弱音とも愚痴とも言える言葉を吐いてしまった。  すると僕の様子を、アーサーがニコニコと嬉しそうに見つめているので、拍子抜けしてしまった。 「もう、君はいつもそんな腑抜けな顔ばかりして……」 「あぁ悪い。君がちゃんと俺の元に帰って来てくれるのが嬉しいし、そうやって弱音を吐いてくれるのも最高に嬉しくてな。そもそも君はいつも頑張りすぎなんだよ。さぁこっちに、おいで」  冬郷家に戻るなりアーサーに腕を掴まれ、僕らが使わせてもらっている部屋に連れ込まれた。  冬郷家の屋敷は、英国貴族の館を模して建てられているので、本当にグレイ家のロンドの邸宅に似ていて、ここに来た当初は困惑したものだ。だから、たまにロンドンのアーサーの衣裳部屋を思い出しては、人知れず涙を流した。 「ルイ、この部屋の衣装部屋を覗いてごらん」 「何? 」  衣装部屋には、いつの間にか男性物の衣装がずらりと吊り下がっていた。 今朝、見た時はガランとしていたはずなのに、何だ? これは……  今は束の間、帰国しただけの客人のはずなのに、この衣裳は一体どういうことだ? 「この部屋は客間なのに、どうして、こんなに? 」 「あぁ、再現してみたのさ」 「再現って、何を?」 「若かりし頃をさ」 「あっ……君って人は、また無駄遣いを」    見ればトレンチコートに、ダッフルコート、執事のスーツやジャケットまで……一体、何着買ったのか。衣裳部屋を埋めるためだけに? 「全く……貴族のお坊ちゃまの振る舞いだ」 「まぁそう怒るなって。これは全部ケイトの衣装さ。彼、何も持っていないんだな。何も私物がなくていつもテツの衣類を借りているのが不憫でな……この家の執事を兼ねるのなら、人前に出てもおかしくない衣装がある程度、必要だろう。だからさ買いそろえてやった。全部、俺からの贈り物だ。まぁここに滞在中は、渡さないけどな」 「そうだったのか……あ、もしかして喪服も……」 「そう、明日はテツさんと参列したいと言っていたからね」 「そうか、ありがとう。気が回るな。僕のアーサーは流石だ! 」  思いがけない僕の従兄弟への配慮に胸が熱くなり、僕の方から抱きついてしまった。 「瑠衣、だから、ご褒美をもらえるか」 「もう……結局それ? でも……いいよ」  少年のように悪戯に笑うアーサー。  君の笑顔が嬉しくて、通夜で暗く沈んだ気持ちも持ち直すよ。 「じゃあ、まずは君の喪服を脱がそう」 「あ、ごめん。僕、まだ喪服のままだったね」 「いいよ。凄くいい。不謹慎だが……禁欲的で素敵だ! 」 「ば、馬鹿……それを口に出すなんて」  父はこの世を去った。だが僕は今の世を生きていく。  ようやく2年前に、アーサーの元に戻ったばかりだ。僕の人生はこれからだ。だから今宵も君に抱いてもらう。 「衣装部屋に押しつけたくて、うずうずしていたのさ」 「ちょ……ここでは駄目だよ。ケイトの衣類が汚れてしまうだろう」 「瑠衣ー‼ そんなに積極的な言葉をありがとう! 」 「あ。ちがう……って、ちょっと……待って」  するりと、タイを解かれた。  ロンドンで僕がしてあげていた行為を、そっくりそのまま返されて、恥ずかしくてクラクラとした。  更に、僕がしなかったことまで……もう倒れそう。  アーサーが僕の喉仏に優しく触れ、耳を甘噛みして、甘く囁いてくれる。 「瑠衣……愛している」    

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