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その後の日々 『別れと出発の時』 14

 庭仕事をしていると、突然、アーサーさんに呼ばれた。 「テツ、ちょっとケイトを借りるよ」 「えっ、どこへ」 「いいから、付き合え」  そのまま腕を掴まれ、車寄せに停車していた黒塗りの車に乗せられた。 「ちょっと待って下さいよ。せめて行き先を教えて下さい」 「テツ~お前は過保護だな」 「アーサーさんには、言われたくないですよ」 「まぁまぁ、悪い話じゃ、ないぜ」  追いかけてきたテツさんが真顔で詰め寄ったので、アーサーさんはやれやれというジェスチャーで耳打ちをした。するとテツさんの頬も、破顔した。 「テツさん。おれ……どこに行くのか」  だが、おれはテツさんと離れるのが不安で、つい彼の腕を掴んで縋ってしまった。 「桂人、大丈夫だ。アーサーさんと出掛けていいぞ。帰りを楽しみにしているぞ」 「どういうことだ? 」 「さぁ、車を出してくれ」  アーサーさんは、英国貴族とやらで雲の上の人だから、田舎者のおれには行動が読めない。  車を走らせ、やってきたのは、人の往来が激しい場所にある百貨店だった。 「あの、何を? 」 「いいから、そうだなぁ、まずは洋服よりその髪をどうにかしないとな」  アーサーさんがおれの頭のてっぺんから爪先までを眺めて、そう呟いた。 「……おれは、このままでいい」 「お前なぁ、仮にも冬郷家の執事を、俺の瑠衣から引き継ぐんだぜ。少しは安心させてやってくれ」 「うっ」  瑠衣さんの話を出されると、おれは弱い。おれを深く理解してくれる従兄弟だから。  最初に連れて行かれたのは理容店。伸び放題で揃っていなかった髪を切られ、眉や産毛も整え処理され、最後に鏡を見た時は、自分の顔に驚愕した。 「これ……誰だ? 」 「へぇ、やっぱり瑠衣の従兄弟だけあって、素質があるな。磨けば光る玉のようだな。テツに早く見せてやりたいな。喜ぶぞ~さぁ次は服だ」 「あ、あの……」 「まだ分からないか。お前の衣装を揃えに来たんだよ」 「そんな」 「いつまでもテツの服というわけにもいかないだろう。最近テツはお前に服を貸しているから、随分と寒そうだぞ」 「え、そうだったのか」  それは申し訳ないことをした。テツさんが寒い思いをするのは嫌だと思ったので、大人しく言う事を聞いた。  コートやジャケットなど、一度も袖を通したことのない衣類を何着も購入してもらい、戸惑いの連続だった。  最後に……紳士服売り場の前を通った時、飾られていた黒いネクタイが目にとまり、思わず手に取ってしまった。  これと似た物を、海里さんや瑠衣さんがしていたな。通夜や葬儀には黒い喪服や礼服に、黒いネクタイを締めるのが礼儀らしい。 「そうだ、お前も用意しておくか」 「あ、そんなつもりでは」  言葉とは裏腹に、俺の人生を狂わしたともいえる……森宮家の当主の葬儀には興味があった。それに明日の葬儀には、冬郷家に集う面子が、皆、参列すると聞いて……おれも一緒に行きたくなっていた。 「お前も一緒に行こう。お前にも縁がある場所だ。それに礼服は持っておいた方がいいぞ。これからの時代……必須アイテムだ」  結局そのまま礼服を購入してもらい、着て帰った。車の後ろには抱えきれない程の衣装が積まれていた。  再び、冬郷家に戻ってくると、テツさんが待ちわびていたかのように、すっ飛んで来た。 「お帰りなさい。アーサーさん、そして……えっ、お前……桂人……なのか。本当に? 」  明らかにおれの変貌に驚いている。まぁ無理もないか。自分でも信じられない程だからな。 「テツさん、あんまり、じろじろ見んなよ。こっぱずかしい」 「見違えたよ。桂人は本当に美人だな」 「だから、び、美人とか言うなよ。おれは男だ」 「本当のことを言って何が悪いんだ? 」  玄関前でテツさんと押し問答をしていると、アーサーさんが愉快そうに笑った。 「はいはい、お二人さん! 痴話喧嘩は向こうでやってくれないか」 「あ、すみません。衣装を運びますよ。これ、全部桂人のですか」 「あぁそうだ」  テツさんが荷物を抱えて屋敷内に運び込むと、アーサーさんが不思議な指示を出してきた。 「あー悪いが、この衣装は俺たちが帰国したらやるよ。とりあえず今日はケイトが着ている礼服と黒ネクタイだけで許せよ」 「どういう意味です? 」 「全部、俺と瑠衣の部屋の衣装部屋に吊しておいてくれ。俺たちの必須アイテムなんだ」 「なんの? 」 「ははっ、それは言えないね」  まったく摩訶不思議な人だ。瑠衣さんと一緒に、衣装を何に使うのか。  まぁ……でも、おれは礼服だけで、十分有り難いよ。  テツさんは首を傾げていたが、部屋に入るなり、力強く、おれを抱きしめた。 「な、なんだよ? 突然」 「桂人がどんどん綺麗になるから、不安になったぞ」 「ば、馬鹿なことを。おれは……おれだ」 「あぁそうだな。その口の聞き方、少しも変わらない。俺も負けていられないな」 「テツさんはいつも……素敵さ。タフだしいい身体をしているしな」 「そうか。何だか……お前が美しくて、もう欲情してきた」 「ん……まだ日も高いのに? 」 「今日の仕事は終わりだ。これからはお前のための時間だ」 「おれのため……?」  おれのために、誰かが何をしてくれることなど皆無だったので、胸が熱くなるよ。  テツさんがおれを背後から抱きしめ、器用にワイシャツの釦を外し出した。  一つ外される度に、気持ちが楽になり、テツさんへと向かっていく。 「いいよ……もう、全部……脱がしてくれよ。本当は襟元が窮屈だったんだ」 「ふっ、桂人らしいな。だから好きだ」

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