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その後の日々 『別れと出発の時』 18

 瑠衣の父の告別式が終わった。生前の対面は叶わなかったが、最期を見送ることが出来て良かった。    そのままテツが運転する車で、すぐに冬郷家に戻るとにした。    日本式の葬儀は初めてで、流石に気疲れしたな。ドサッと車のシートに身体を預けたが、妙な胸騒ぎがした。  瑠衣はここを……Awayと言っていた。森宮家に関係する人ばかりの場所に、やはり君をひとりには出来ない。 「悪いな。柊一、やっぱり瑠衣を迎えに行ってくる」 「そうですね。是非、そうしてあげて下さい」  ひらりと柊一を跨いで外に出た。  やはり俺の隣に瑠衣がいないのは、落ち着かない。  俺たち……とても長い年月、離れていた。だから、ようやく一緒になれた今は、一瞬でも隣に君がいないと不安になる。  何かあったらと怖くなる。  もう二度とあのような目には遭わせたくない。  だから英国に戻ってきた彼には、何度も教え込んだ。 『何かあったら駆けつける。躊躇せずに助けを呼べと』  まさに今が、その時だ! 「アーサー! お願いだ。 来てくれ!」  瑠衣の必至な声に弾けるように控え室を覗くと、喪服姿の中年の男性数人に彼が取り囲まれていた。  聞こえてくるのは、明らかに彼を中傷する内容だった 『いいから、あの時のモデルの続きをしろよ。足を広げてさぁ! 』 『嫌だ! 離せ!』  その会話にピンときた。以前瑠衣が泣きながら告白してくれた内容を。日本で兄の友人に酷い仕打ちを受けたと言っていた。アイツらなのか! 「何をしている? その手を離せ。彼に触れるな!」  俺はすぐに彼らの間に割り込んで、瑠衣を背中にサッと隠した。 「あ、アーサー、来てくれたのか」 「当たり前だ。俺は君をこの世で守るために存在する」 「うっ……」  中年の男らは呆気にとられていたが、懲りずに悪態をつく。 「あんた、なんだよ! 外人のくせに、こっちの事情も知らないで。この子はな、慰み者なんだよ。生まれながらのな」  くそっ、なんと酷い言葉を……!     瑠衣は、ずっとこんな環境で生きてきたのか。許せない! 「や、やめてくれ……アーサーに聞かせたくない! 」  悲痛な声が聴こえる。 「瑠衣、大丈夫だ。相手をする輩ではない。いいか、お前達よく聞け、俺は英国の伯爵、アーサー・グレイだ。そして瑠衣はグレイ家の正式な一員だ。だから、彼に、二度と近寄るな!」  俺が指を鳴らすと、いつものように俺のボディガード、日本式に言うと黒衣《くろこ》が、わらわらと登場した。 「瑠衣、君は自分を卑下する必要ない。自信を持ってくれ」  中年男性は、焦った様子で何やら囁きあっている。 「まずいな。英国のグレイ家といえば貿易の相手に確か……」 「おい、それ、やばくないか」  権力に弱い下衆な奴だ。相手をするのも勿体ない。 「さぁ、どけ! 通してもらおうか……」  道が開かれる。俺は瑠衣の手を取って歩み出す。 「待って、アーサー」 「瑠衣? どうした? 」 「このままでは……気が済まないんだ」 「あぁ、自由にしたらいいよ」  瑠衣が考えていることが伝わってきたので、同意した。  すると瑠衣が、男の頬にいきなりパシッと、平手打ちをした。続いてその隣の男にも…… 「なっ! 」  男たちは面食らった様子で、頬を抑えて呆然としている。 「……あの日の僕の痛みは……こんなものじゃ、すまなかった! 君たちには遊びの一環だったとしても……僕には一生忘れられない心の傷だ。犯罪を後悔することもなく、今日も再び繰り返そうとするなんて、卑劣過ぎる! もう二度と僕に関わるな。さもないと……」  瑠衣が俺を見つめる。 「あぁ、俺が許さない。君たちには、それなりの代償を、たっぷりもらおう」 「アーサー、もう……行こう。時間の無駄だ」 「そうだな」  俺の瑠衣はどこまでも気高い。  流石だ……  彼らはもう追っては来なかった。  もう会うこともないだろう。  瑠衣はやはり、もう……英国に連れて行く。  あの日の誓いは、ふたりのものだった。  謙虚であれ、誠実であれ、礼儀を守れ  裏切ることなく、欺くことなく……  永遠に君を守る盾となる。  

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