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その後の日々 『別れと出発の時』 19
斎場までは車で15分程度だった。
霊柩車が到着するなり、兄貴が血相を変えて俺の元に近づいてきた。
「どうしよう! 海里」
「どうしたんです? 血相を変えて」
「告別式には、アイツらが来ていた」
「アイツらって、まさか瑠衣を襲った? 」
高校生だった瑠衣を、アトリエで寄って集って襲った奴らか。あの時の扉を開けた先の光景は、思い出すだけでも忌ま忌ましい。
あれは兄貴が出かけたのを見計らって行われた、ある意味兄貴を無視して仕組まれた悪事だったが、そんな輩を屋敷に招き入れた兄にも、重大な責任がある。
あの時の父は……今考えたらカンカンに怒っていた。だから、俺はあの時、父を初めて見直した。幼い瑠衣に酷い仕打ちをし続けた父だけれども、心の奥底には親子の情を持っているのではと……だから思い切って瑠衣と英国へ留学したいと申し出たのだ。
「全く、どうしてあなたはいつも……そうなんですか、兄貴はいつも抜けている! 」
「す、すまない。あの事件から……アイツらとは付き合いはなくなったが、それぞれに我がホテルと何かしら取り引きがあって……あぁこうしている間にも……瑠衣は……弟は、無事だろうか。心配だ。今すぐ戻らねば! 」
おいおい……喪主が父の亡骸を放り投げて、どうするつもりだ?
「しっかりして下さい。瑠衣は……もう以前とは違います。あいつは、ひとりではない。それに強くなりましたよ」
「そうなのか。私は……私だけ成長していないようだ。いつまでも周りの人にいいよう扱われ……情けないよ」
兄にしては珍しい弱音だった。
そもそも……兄には昔からそういう所があった。だから桂人との騒動も憎み切れなかった。この人は、本来は気弱な優しい性格なのだ。森宮家の長男とホテルオーヤマグループを引き継ぐべき後継者。二つの柵に押し潰されそうなのを、必死に耐えて生きて来た。
兄貴の境遇が辛いのは、重々理解している。
どこか俺の柊一を思い出してしまうよ。
あぁ、だから兄は柊一のことを気に入っているのかもしれない。
「海里、頼む。瑠衣に電話してくれ。危険だからすぐに去るようにと」
「……そうですね」
アーサーが近くにいるから大丈夫だとは思ったが念のため、電話をした。
「もしもし……瑠衣か」
「海里、どうしたの? 」
「今、どこだ? もう車で移動中か」
「うん……大丈夫だ」
少し声の調子が上擦っているので、気になった。
「そうか、もしかして……何かあったか」
「そうだね……すっきりした」
「……そうか」
瑠衣と話していると、声の主がアーサーに突然替わった。
「海里、瑠衣は無事だ。大丈夫だよ。これもまた、日本で今回すべきことだった。だから雄一郎さんをあまり責めるなよ」
「アーサー、参ったな。お前はいつも……本当に前向きな奴だ」
「ははっ、光栄だよ。何しろ13年間、瑠衣だけを見つめて歩んできたから、いつだって俺は前向きにさ」
瑠衣は、よき伴侶を得た。
瑠衣は彼によって花咲く、強くなる。
こらからもますます……気高き花になる。
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