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峠の先 12
「メス」
雪也くんの……薄く清らかな白い胸に、スッとメスを入れた。
一気に、集中していく。
この手術痕を君の身体に植え付けたのは、俺だ。
この傷は次第に薄くはなるが、一生消えることはない。
だがこれは君が生きていくために病と闘った勝利の証しとなるはずだ。
だから精一杯、頑張れよ!
「先生、いいですか」
「次」
心臓外科の手術は究極のチーム医療だ。
執刀医の俺の他、有能な第1、第2助手もついていてくれるので、心強い。
手際よく分担作業で手順を踏んでいく。
「メッツェン」
「鉗子」
「バイタル正常か」
「はい」
「よし」
どのくらい時間が流れただろうか、俺が出来る範囲のことはした。
雪也くんの体力も考え、より正確によりスピーディーにこなしたつもりだ。
「最短ですね」
「閉じよう」
メスを入れた場所を慎重に縫合していく。
「よし、終了だ」
「お疲れ様です」
すぐに麻酔担当医が雪也くんを起こす。俺は急いで近寄った。
「雪也くん、俺が分かるか」
「……」
「大丈夫だよ。無事に終わった」
酸素マスクをした雪也くんの目がキラリと輝いた
彼は生きている。
よかった、本当に良かった。
長年執刀医をしているが、こんなに緊張した手術は久しぶりだったな。
「ふぅ……」
「森宮先生、お疲れ様です。あの、余計なことかもしれませんが、今日は少し調子が違いましたね」
「大丈夫だ」
公私混同させるわけにはいかない。
「集中治療室へ移動させて」
「はい」
更衣室で手術衣を脱いで、ドスッと壁にもたれた。
ふぅ……これで、ようやく人知れず安堵の溜め息をつける。
目尻の端に熱いものを感じたので、指で触れると、それは涙だった。
安堵の涙だ。
「うっ……」
知れば知るほど、情の深まる冬郷家の兄弟だ。
しかも俺の伴侶ともいえる柊一の実の弟だ。
どうしたって助けたかった
峠の先を見せてやりたかった。
だからベストを尽くした。
成功だ。
成功したのだ。
柊一に教えてやりたい。
一刻も早く。
****
雪也の手術は順調にいっても3,4時間はかかると言われていた。
心強いのは海里さんが執刀医として、一番近いところで雪也と戦ってくれていることだ。
僕は、母の座っていた長椅子に座って手を組んで、頭を垂れた。
祈り――
天から降り注ぐ光を受けながら、ひたすら祈った。
祈り続けた。
どうか……お父様、お母様、雪也を守って下さい。
僕と雪也は、本当に仲の良い信頼しあった深い兄弟です。
だから、どうか……ずっとずっと傍にいさせて下さい。
僕の寿命が尽きるまで、雪也と平穏な日々を過ごしたいのです。
『兄さま』
明るい声で呼ばれた気がして顔を上げると、時計の針がだいぶ進んでいた。
きっともうすぐ終わる。
時計の針がカチカチと進む音が大きくなってきた。
きっとまもなく……部屋の扉が開くだろう。
僕の王子様がやってくる。
あとがき(不要な方はスルー)
****
この物語はフィクションです。私は医療関係者ではないので、雪也の病気に対して、細かい知識や理解はありません。手術の内容や表現はあくまでも、『まるでおとぎ話』内での設定として、ふんわりとご理解くださいね。リアリティを求める医療小説ではなく、心情優先のおとぎ話なので……。
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