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峠の先 14
手術台の上で、麻酔による眠りに就く時……
最後に見たのは、海里先生の淡いブラウンの瞳だった。
先生の瞳は空に輝くPolaris のように、無機質な手術室でキラキラと輝いていた。
海里先生……僕は先生の瞬く瞳を頼りに戻って来ますね。
僕の大切な兄さまを慈しんで下さる海里先生の眼差しが、大好きです。
その後視界が真っ暗に、そこで意識を失った。
夢は見なかった。
時間の経過も感じなかった。
次の瞬間、パンっと目の前で手を叩く事がしたので目を開いたら、また海里先生の瞳が見えた。手術衣を着ていらしてマスクと帽子を装着しているので、見えるのは目元のみだ。
その瞳の煌めきに、僕はこの地上に戻ってきたことを実感した。
生きている!
先生……僕、生きていますよ!
そう伝えたくてアイコンタクトを取ると、先生は今にも泣きそうな瞳で、がんばったなと頷いて下さった。まだまだ麻酔が覚めるまで時間がかかるのも、覚めてからは傷痕との戦いなのも、事前に覚悟の上だ。
僕が僕らしく生きるために大人になりたくて選んだ道だから、頑張ります。
管だらけの機械に繋がれた僕の身体。胸の上に重たい板が乗っているようで息苦しいよ。
でも……身動き一つ出来ない状態だが、心臓が規則正しく動いて息をして、目が見えている。
当たり前の一つ一つに感謝した。
その晩は麻酔が切れ始めると痛みとの戦いになった。点滴をしてもらうが、声も出ず、ひとりで沼に沈んでもがいているような状態だった。
でも僕には……その都度、暗黒の空に浮かぶ美しいPolarisの光が見えたんだ。
****
「海里先生、ガラス越しでもいいので、雪也の様子を見たいです」
「そうだな、そろそろ行ってみるか」
「はい」
「立てるか」
まだふらつく身体を、海里先生が支えて下さる。
「大丈夫です。雪也が頑張っているのだから僕、しっかりしないと」
「いや、君だって相当参っているだろう」
「それを言ったら海里先生は執刀されたばかりですから、もっとお疲れです」
「いや、柊一の魔法のおかげですっかり元気になったよ」
「僕は……魔法なんて使えませんよ」
「いや、君の存在が天使なんだ」
「て、てんしですか」
ウィンクする海里先生の淡い色の瞳は、今度は少し茶目っ気を含んで、瞬いていた。
雪也もきっとこの瞳を、手術台の上で見たのだろうね。
「あの……海里さんの瞳って、Polarisみたいですね。あの子が地上に戻ってくる目印になったと思います」
「そうか……君は、そんな風に褒めてくれるのか」
海里さんが感極まった顔をされた。
「あの、僕、何か変なことを言いましたか」
「いや、この薄い色の瞳は、実は幼い事からコンプレックスだった。なのに……柊一、君って人は……いつもすごいよ。ありがとう。俺を生かしてくれるのは、いつも柊一だ」
僕を生かしてくれるのは、海里さんです。
そんな僕の存在が、海里さんの生きる糧になっているのなら、こんなに嬉しいことはありません。
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