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羽ばたく力を 1

 眩しい光が僕を貫く。  でも……目を開けられないし、声も出せない。  光の方向に手を伸ばそうとしても、全身が全く動かないんだ。  体の真ん中、心臓の上が張り裂けそうだよ!    先生や看護師さんの声が、僕の真上で聞こえる。  痛い……痛い……!  胸の上の傷が、すごく痛いよ!  訴えているのに、皆……素通りして行ってしまう。  どうして? どうして気付いてくれないの?  何度も眠る度に、見る怖い怖い夢。 そして目が覚めてからは……ずっと頭の中が痛みで占領されている。    昨夜は痛みが継続的に続いて、ろくに眠っていない。  そのせいか僕は明らかに余裕がなくなっていた。 「雪也くん、痛みが辛そうだな」 「海里先生……いえ、大丈夫です」 「我慢しなくていいんだよ。術後、傷が痛いのは当然だ。緩和するために痛み止めの点滴をしよう」 「……うっ……ぐすっ」  絶対に泣いたりしない。そう誓って手術に臨んだのに、想像以上の術後の痛みに涙が滲んでしまう。  海里先生に涙を見られるのが恥ずかしくて、顔をぷいっと横に背けてしまった。  24時間つけている心電図も、尿管も点滴も、まるで僕を雁字搦めにする拷問みたいだ。聞き分けのいい患者さんにならないと……海里先生に迷惑をかけてしまうのに、油断したら泣き喚きそう。 「我慢しなくていい。少し眠るといい」 「……兄さまは?」 「あぁ……それが今日は仕事が忙しくて来られないんだ」 「そう……分かりました」 「柊一も辛そうだったよ」 「分かっています」    痛み止めが効いたのか、僕はうとうとと微睡みだした。  いつの間にか外は暗くなっていた。  ふと……優しい手が額に当てられた時、大好きな瑠衣を思いだした。 「瑠衣……? 瑠衣なの?」 「雪也くん? 私は……看護師ですよ」 「あ、ごめんなさい」  瑠衣じゃなかったのか。こんな時瑠衣が傍にいてくれたら、心強いのにな。  ダメだ……瑠衣はもう僕たちの執事ではない。今は英国にいるのだ。  僕の病は……小さい時から瑠衣にだけは全てを曝け出してきた。  発作の苦しみで泣き喚いたり暴れたり、嘔吐しても、瑠衣はいつだって僕に寄り添ってくれた。入院時はいつも一緒に泊まり込んでくれて、病院はひとりでは怖かったけれども、瑠衣がいつも傍にいてくれたから頑張れた。  瑠衣……僕、瑠衣に弱音を吐きたいよ。  僕の手術をして下さった海里先生と、僕のための人生を捧げてくれた兄さまにこれ以上、みっともない所を見せたくないんだ。  でも辛くって……だから瑠衣に会いたいよ。  ****  最低だ!   雪也が大変な時に高熱を出すなんて。  僕は大馬鹿だ。  雪也の術後三日目の朝、僕は目覚めたら、強烈な寒気で震えてしまった。  すぐに海里さんが気付いてくれて、熱を測ると38度を越えていた。 「扁桃腺のようだ。柊一も、疲れが出たんだな」 「すみません。でも……僕……雪也に会いに行かないと」 「おいおい、熱がある人は、お見舞い禁止だぞ」 「あ……そうですよね。あの……僕が熱があることは雪也には内緒にして下さい。心配をかけたくないのです」 「ふぅ、君たち兄弟はお互いを大切に想い合っているのはいいが、かなり意地っ張りだな」 「ごめんなさい」  ずっと二人でやってきたので、ついお互い頑張り過ぎてしまうところがある。  でもこんな時……瑠衣がいてくれたら素直になれるのに。手術を経験されたアーサーさんが、雪也の話し相手になってくれたらいいのに。  英国にいる彼らに、つい甘えたくなってしまう自分を律した。  とにかく早く熱を下げないと、雪也の看病が出来ない。  焦れば焦る程、熱は上がっていくようで、ハァハァと荒い息でうなされてしまった。  海里さんが処方してくれた風邪薬と解熱剤が効いてきたのか……ウトウトとしていると、突然ひんやりとした手がおでこに当てられた。  誰だ……?  あ……僕は夢を見ているのか。  この手……瑠衣の手に似ている。 「瑠衣……?」  夢だと思っても、弱音を吐きたくなってしまい、瑠衣を呼んだ。  瑠衣は英国にいる……だから返事なんて望めないはずなのに。 「柊一さま、酷いお熱ですね。もう大丈夫ですよ。瑠衣が来ました」 「え……っ」  目を頑張って見開くと、執事服の瑠衣が、僕を心配そうに覗き込んでいた。隣にはアッシュブロンドの髪色が神々しいアーサーさんまで……いらっしゃる。  どういうこと?  まだ夢を見ているの? 「う……嘘? 夢なの……瑠衣がいるなんて」 「夢ではありません。英国からお手伝いに参りましたよ」  瑠衣らしい優しさと凜とした雰囲気を兼ね備えた微笑みに、一気に安堵し脱力した。  瑠衣は、僕らの救世主だ。   

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