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羽ばたく力を 2
「瑠衣……本当に瑠衣なの?」
「はい、そうですよ」
信じられないよ……本当に瑠衣が来てくれたの? しかもアーサーさんまで一緒に?
高熱で朦朧としていても、瑠衣の醸し出す雰囲気をしっかり感じ取れた。
「ごめんなさい……結局……日本に来て貰うことになってしまったね」
本当は雪也の手術の時、傍に居て欲しかった。何故なら……瑠衣は雪也が生まれた日から見守ってくれているから……僕よりももっと長い時間、雪也と過ごした人だから。
しかしそれは僕側の甘えで、瑠衣には瑠衣の人生がある。
瑠衣は優しいから手術日を知らせたら飛んで来てしまうかもと、勝手に気を回してわざと船便で手紙を送ってしまった僕なのに……。
「……仕事が丁度入ったのですよ。海里の実家と大きな取り引きがあって視察に来たのです。だからそんな風にご自身を責めなくて良いのですよ」
優しい瑠衣。僕の後悔を汲んでくれるんだね。
もう駄目だ。我慢していた気持ちが崩れ落ちてしまうよ。
「瑠衣……あの……喉が痛いんだ。とても。熱が高くて関節が痛くて、寝苦しいよ。とても……辛いんだ」
弱音、泣き言……瑠衣になら何でも言えてしまう。不思議だな。
強がらなくていい。
「お辛いですね。柊一さまは元々扁桃腺が弱いのです。昔から決まって……疲れが溜まるとお熱を……さぁ、これをどうぞ、さっぱりしますよ」
瑠衣が銀のスプーンを差し出してくれた。
「柚子と蜂蜜の……今回は即席のかき氷みたいな物ですが、食欲が無くお熱が高い時は、この味をお好みでしたね」
口に含むと、懐かしい味と懐かしい時間が蘇り、堪えきれずポロポロと泣いてしまった。
「瑠衣……ありがとう。あの……雪也の病院にはもう行ったの?」
「これからですよ。海里から柊一さまがお熱だと聞いて真っ先にここに来ました」
「え、そうなの……うっ……うっ」
こんな僕を、最優先してくれたの?
「雪也さまの所にはこの後、すぐに参りますね。でもその前に柊一さまのお顔をどうしても一目拝見しておきたかったのですよ」
「瑠衣……瑠衣っ」
子供みたいに泣きじゃくって、瑠衣に抱きついてしまった。
「あぁ、もう大丈夫ですよ。扁桃腺は数日経てば落ち着きます。いつもそうでした。お薬を飲んでゆっくりしていて下さいね。その間、雪也さまの看病は私に任せて下さい」
「瑠衣になら……任せられるよ、ありがとう。瑠衣……」
****
来て良かった。
案じた通り、柊一さまはかなり弱っていらした。
頑張り屋の長男気質、なかなか弱音を吐けない性格なのはよく知っている。
今回は海里が雪也さまの執刀医だったから、甘えきれない部分があったのだろう。
僕の腕の中で、嗚咽する柊一さまの背中を優しく撫でて差し上げた。
もう冬郷家の執事ではないが、この家で過ごした13年間は、僕の人生の一部。
切り離せない情がある。
やはり雪也さまの心臓手術は、柊一さまの心に相当な負担をかけていたのだろう。
手術とは、受ける人にも待つ人にも……大きな試練だ。
それを僕は、とてもよく知っている。
アーサーは穏やかな眼差しで、僕と柊一さまのやりとりに耳を傾けてくれていた。
厨房では、僕の指示を受けたテツと桂人が、病気の柊一さまのために、お粥をつくっている。かき氷よりもっと口当たりのよい、ハチミツと柚子のシャーベットのレシピも伝授しておいた。
まだまだ冬郷家で、僕がすべきことがあるのが、密かに嬉しかった。
「瑠衣、俺は仕事に行かないといけないから、今日は君に任せるよ」
「アーサー、ありがとう」
「いや、他人事ではないんだ。柊一の……待つ側の、見守る側の気持ちが痛い程伝わってくるよ。俺もあの時の瑠衣の気持ちがよく分かった」
人は学ぶ。
人から学ぶ。
良いことも悪いことも……
目の前に起きることから、何を受け止めるかは、その人次第だ。
アーサーのそんな優しさと素直さが、僕は大好きだ。
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