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羽ばたく力を 3

「柊一さま、随分、汗をかきましたね。さぁ着替えましょう」 「……瑠衣、まだ……いてくれたの?」 「はい、お夕食は白粥を用意しましたので、少しでもお口に入れてくださいね」 「……うん」  あれ? 僕……なんだか一気に10歳ほど逆戻りしてしまったみたいだ。  15歳の時、扁桃腺を腫らして高熱を出した。  その日は雪也が明け方重い発作を起こし、母も瑠衣も病院に行っていなかった。朝から僕も身体が怠かったが、誰にも言い出せないまま学校に行った。  授業を受けているとブルブルと悪寒がし、喉が強烈に痛くなってきた。何とか踏ん張り帰宅したが、そのままベッドに横たわると動けなくなってしまった。  寒い……寒いよ。  お母様がまだ幼く病弱な雪也にかかりきりなのは仕方がないと理解していても、弱っている時は……僕だって寂しくなった。  冬郷家の跡継ぎたるもの、簡単に泣き言を言ってはならない。体調管理はしっかりしなさい。人に弱みを見せてはいけない。  厳しい帝王教育が始まったばかりで、お父様はいつも仕事が忙しく、僕には厳しかった。    でも、とても苦しい。  誰か――誰か助けて。 『柊一さま! しっかりして下さい!』  暗闇の中で震えていると、瑠衣の声が聞こえた。  僕は一気に安堵して、ぽろぽろと涙をこぼしてしまった。 『あぁ……酷いお熱です。ひとりで心細く、お辛かったですね。でももう大丈夫ですよ。瑠衣が戻ってきましたから』  瑠衣はいつだって、僕も大切にしてくれる。  雪也が最初に倒れた日も、瑠衣は真っ先に戻って来て、僕を抱きしめてくれた。 『瑠衣……瑠衣……ありがとう』  年の離れた兄のように優しく美しい瑠衣が、大好きだ。  今も大好きだ。 「どうですか。さっぱりしましたか」 「うん」 「何かあったら桂人に申しつけ下さい」 「ありがとう。瑠衣……雪也をお願い。僕は落ち着いてきたから大丈夫」 「いいえ、まだ無理は禁物ですよ。また様子を見に来ますね。では行って参りますね」  実を言うと……瑠衣が真っ先に寄ってくれたのが嬉しくて、溜らなかった。  ごめんね……雪也。  僕が先に瑠衣に看病してもらって。  罪悪感が湧くと同時に瑠衣に甘えてしまったのが恥ずかしくなり、布団を目深に被った。   「柊一さま、今はゆっくりお休みください。いつも頑張っていらっしゃるから疲れが溜るのですよ」  瑠衣が僕の頭をそっと撫でてくれる。  厳しい帝王教育にくじけそうな時、瑠衣は……いつもこうやって励ましてくれた。  ありがとう、瑠衣。  僕も大切にしてくれて。  **** 「海里先生、雪也くん、かなりキツそうですね」 「まだかなり傷が痛むのか」 「えぇ、だいぶうなされて……こんな時お身内の方が絶えず励ましてくれるといいのですが、今日はお兄様は見えていないのですね」 「あぁ……お兄さんは熱を出してしまったそうだ」 「まぁ……そう言えば、かなり根を詰めていましたものね」 「そうなんだ」  参ったな。  柊一の熱もかなり高く心配だ。薬を処方して出てきたが大丈夫だろうか。同時に雪也くんのことも心配だ。俺は雪也くんの主治医だが、今日も手術が入っていて、ずっと付き添うことは出来ない。  同じ年代の子供よりも小さな身体で精神的にも幼い雪也くんは、さぞかし心細いだろう。こんな時、誰か雪也くんを支えてくれる人がいればいいのに。  優しかった母親がこの世にいないのは、こんな時、辛いな。  やりきれない想いが込み上げ、壁をドンっと叩いてしまった。   「海里先生にお電話です」  一体誰だ? こんな時に…… 「……もしもし?」 「海里、僕だよ」 「えっ……瑠衣! 瑠衣なのか」  なんてタイムリーだ。あっ……だが瑠衣は英国にいるんだったな。   「実は……今、日本に着いたんだ」 「な、何だって!?」 「アーサーと一緒だよ。彼の仕事に同行して来たんだ。雪也さまのお見舞いに……でもその前に柊一さまに会ってからで、いいかな?」 「瑠衣……とても助かるよ! 実は柊一が高熱で寝込んで」 「もしかして扁桃腺を?」 「なんで分かる? あ、そうか……お前は13年間も寝食を共にしてきたんだったな」 「柊一さまは喉が弱くてね……無理をした時は扁桃腺を腫らしやすくて……よく熱を出していたんだ」  参ったな。瑠衣にはまだまだ教えてもらいたいことばかりだ。 「日本に来てくれてありがとう。俺たちには瑠衣が必要だ」 「ありがとう。そんな風に言ってくれて。やはり来て良かったよ。海里は医師として……仕事に専念して」  弟の瑠衣は不遇な生い立ちで、高校時代までは悲惨な生活を強いられていた。なのに、こんなにも真っ直ぐに綺麗に成長してくれて、本当に嬉しい! 「俺は頼もしい弟を持ったな」 「そんな風に言ってもらえるなんて……海里こそ、頼もしい兄だよ」 「おーい、俺も混ぜろ」  アーサーの声が響く。 「やぁ、海里!」 「アーサー、助かるよ、このタイミング、本当にありがたい」 「俺のおばあさまの計らいだ」  瑠衣が日本にいる!  急に、パワーが満ちてきた。    病に負けないためには体力が必要だが、気力も大切だ。  気力とは……心の力。  明るい知らせは、病気と闘う本人と周りの人の心に、確かな力を与える。

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