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羽ばたく力を 6

 瑠衣が、遙々(はるばる)英国から駆けつけてくれた。    それだけで、こんなにも身体が浮上するものなのか。俺の弟の瑠衣は、こんなに頼りになる男だったのか。  雪也くんや柊一には病には気力が大切だと言っておきながら、自分自身が限界が近かったのだ。だから……本当に助かったよ。  今日は柊一が扁桃腺を腫らし高熱でうなされており、1日中傍で看病してやりたい気持ちを堪えて出勤した。一方雪也くんは術後の傷が痛むらしく、元気がなくてとても心配だった。  身体が二つ、いや三つ欲しい程、体力も気力も実は、すり減っていた。  外来の患者も全て診た。あとは入院患者をもう一度見回って、夜勤スタッフに引き継げば終わりだ。やれやれ……と、椅子に座ったまま伸びをしているとノック音が響いた。 「瑠衣か」 「違うな。俺の存在を忘れていないか」 「アーサーか!」     彼は瑠衣を深く愛すことで、また一段と麗しさを増したようだ。華やかな英国貴族の紳士が、柔和な笑みを浮かべて立っていた。 「仕事は終わったのか」 「急いで終わらせてきたよ、海里先生に会いたくて」 「コイツっ」  ふっと気持ちが緩んだ。  アーサーは、高校時代からの親友で、弟の瑠衣をあそこまで引き上げてくれた信頼できる男だ。そう思うと、瑠衣の感じた安堵感とはまた少し違う安心感が生まれていた。 「今日から冬郷家に泊まらせてもらうぞ」 「あぁ、兄貴から連絡があったよ。ホテルオーヤマと大きな商談があるそうだな」 「グレイ家の紅茶が日本でも愛されているようで嬉しいよ。日本との縁が増えれば、瑠衣も帰国しやすいだろう。瑠衣は絶対に自分から帰省したいなんて言わないからな。あーあ、せっかく実家を贈ってやったのに」  実家か……父親も死に、母親は6歳の時に亡くなっている。母の素性や故郷が分かったといっても、安心して帰省出来る場所ではなかった。  だから瑠衣には、日本で帰る家がもうなかった。もちろん冬郷家はいつでも瑠衣を歓迎するが、慎ましい瑠衣は遠慮してしまう。    そんな瑠衣に、アーサーが実家を贈ってくれたのか。 「最高だな。で、どこにあるんだ?」 「内緒だ」 「ん? 何故?」 「話したら驚くからさ」 「よく分からんが、いつか驚かせてくれるのか」 「あぁ、ずっと先の未来まで驚かせてやる」 「面白いこと言うな」 「ははっ!」    アーサーは、悪戯気に笑った。   「なぁ雪也くんに会えるか」 「あぁ、今瑠衣が見てくれている。一緒に行こう。俺もちょうど診察に行く所だったよ」   二人で廊下を歩くと、通りすがりの患者さんに異様な目で見られた。一人や二人ではない。通り過ぎた後に、ひそひそと噂話をしている。 「なんだ? 視線が痛いな」 「……すまない。俺のせいだ」 「おい、海里が何故謝る?」 「……俺が異質だからさ、日本人だか英国人だか分からん宙ぶらりな顔をしているだろう?」  もういつものことで気にしていないのに、今日の俺は弱っているせいか……自分を卑下してしまった。 「ふぅん。そんなの、どっちでもいいじゃないか。海里は海里だろう? 柊一が愛する海里は、この世に一人だ。雪也くんが頼りにする海里先生もこの世に一人で、瑠衣の兄も、この世に一人だ」 『唯一無二の存在』だと言ってくれるのか。優しいな。 「ありがとう」 「それに……海里、お前は俺の親友だぜ!」  アーサーに肩を組まれて、何故だか切なくなった。  日本ではこんな風に心を許せる友人がいないから。 「海里、お前ずいぶん肩が凝っているな。なぁ、いつも守ってばかりじゃ、疲れるぞ。そろそろ荷を下ろせ。柊一くんはお前が想像するより、ずっと強い男だぞ」 「……そうだな。だが……俺は……」 「まぁ……お前のしたいようにしろ。海里の気持ちも分かる。柊一くんを守ることで、お前は生きていると実感していそうだ。今日はゆっくり語ろうぜ。俺の無二の友人よ!」  雪也くんの病室の前に立つと、中から声がした。  時折笑みが漏れるような会話に、俺とアーサーは思わず顔を見合わせてしまった。先ほどまでの辛そうな状態からは考えられない、明るい声だった。 「雪也くん? 入るよ」 「海里せんせ!」  雪也くんはベッドに横たわったままだったが、瑠衣に手を繋いでもらい、ニコニコと笑っていた。 「先生、喉がとっても楽になりましたよ」 「よかったな。でもどうして急に?」 「先生のおかげです」 「ん? 俺は何もしていないよ」  雪也くんは首を横に振った。  「とんでもないです。最高の魔法をかけてくれました」 「瑠衣のことか」 「そうです! 目が覚めたら本当に瑠衣がいて、びっくりしました。あの、それでもう一つだけお願いがあって……これが夢ではない証拠が欲しいのです」 「どんな?」  雪也くんは俺を見つめて、こう言った。 「瑠衣が来てくれたなら、必ずアーサーさんが傍にいるはずなんです」  診察すると思ったのか、アーサーはまだ病室に入っていなかった。 「もちろん、いるよ」 「やった! アーサさんはやっぱり瑠衣の騎士ですね。どんな時も片時も離れず……あぁカッコイイです」 「やぁ、雪也くん! 君は素敵なことを言ってくれるね。それでこそ白薔薇の城の住人だ」 アーサーの奴め、かっこつけて。  ひらりと部屋に入り込んで、恭しい挨拶をしていた。  彼のアッシュブロンドが、光を受けて輝いていた。 「良かった、やっぱり……本物の魔法だったんだ」 「あぁ、まるでおとぎ話のようだろ? これでまたみんな揃ったな」  病室にはそれぞれの人が持つ明るい気が集まり、希望の光を生み出していた。 「はい。なんだか瑠衣とアーサーを見ていると、とても元気になれます。僕も頑張ろうって思えます!」    羽ばたく力を授けられた雪也くんは、きっと術後の回復も早いだろう。  早く普通の生活に戻れますように――    君の周りの誰もが願っているよ。

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