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羽ばたく力を 12

「ど、どうしてだろうな?」 「海里……何か隠しているね」    どう答えていいのか分からず目を泳がせると、瑠衣は目を細め、冷ややかに俺を見た。  これがアーサーの怯える……瑠衣の容赦ない視線なのか。怖いな。 「瑠衣、お前さ、綺麗になったな」 「は? 誤魔化さないで、どうして僕のアーサーの……あっ」  あ、なるほど、冷ややかなのは見せかけで、内心動揺しているようだ。  もしかして……瑠衣の可愛い嫉妬心に火をつけたのだろうか。  そう思うと、急に瑠衣が可愛くて溜まらなくなってしまった。 「瑠衣、お前、可愛いな」 「は? 何を言って」  俺は瑠衣をギュッと抱きしめてやった。 「な、何して? 海里の馬鹿力っ!」  頭も押さえて胸元に埋めてやった。 「ちょっと……あ……っ」  瑠衣が胸元でスンと匂いを嗅いだのが分かった。   「どうだ? 愛しのアーサーの香りを、連れてきてやったぞ」 「な……何を言って、もう!」  瑠衣の頬が赤い。  耳も赤い。  顔が真っ赤になっている。 「だから……瑠衣がそろそろアーサーに会いたいだろうから、アイツの香りだけ連れてきてやったのさ」 「わ、分かったから、もう離して……!」 「くすくす、くすっ」    ベッドから笑い声がする。 「あ、笑ったら……痛いのに、もうっ、お二人ともあんまり笑わせないでくださいよ」  すっかり喉の調子が良くなった雪也くんが、涙を流して笑っていた。 「おはよう! 調子は良さそうだね」 「はい。昨日より今日の方がずっといいです」 「そういうものだよ。日にち薬さ」 「ひにち薬ってそんなお名前のお薬があるのですか」 「ふっ、可愛いね。身体や心の傷を癒やすためには時間が必要だという意味だよ。縫合しした場所や内部がまだしばらく痛いと思うが、焦って悪化させないことが一番の近道なんだよ」  雪也くんの可愛いおでこに手を当てながら話してやると、うっとりとした表情を浮かべていた。 「おとうさまみたい……海里先生は……それで瑠衣は、おかあさまみたい……ん……」 雪也くんは再び微睡んでいった。 「雪也くんは、随分可愛いことを言ってくれるんだな」 「そうだね、昨日からよく眠れているみたいだよ」 「いいことだ。瑠衣が来て安心したんだな」 「そうかな?」  瑠衣の方も、始終ご機嫌のようだった。 「アーサーも午後にはお見舞いに来ると言っていたよ」 「あ……そうなの?」 「だから、今のうちに一度家に戻って着替えて来い。今日は時間があるので、雪也くんのことをマメに見守れるから」 「海里……」  昨日から風呂にも入れず、執事服のまま着替えもしていない瑠衣の気持ちを推し量った。  俺はもう見逃さない、瑠衣の小さなサインを。 「兄さん……ありがとう。本当はね、一度ゆっくりお風呂に入りたかったんだ」 「あぁ分かっている。さぁ綺麗にしてこい」 「うん!」  一気に幼い雰囲気になる瑠衣が、可愛かった。   愛しい人を恋い慕う時は、実際の年齢など関係ないよな。  俺も柊一を想う時は、まるで10代の若者のように心が浮き立つのだから分かるよ。

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