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羽ばたく力を 13

 庭木の手入れをしていると、瑠衣がふらりと戻ってきた。  きっと病院で寝ずの看病をして、疲労困憊なのだろう。  少しやつれた様子だったが、真っ直ぐに背筋を伸ばしスタスタと歩いている。  吐く息は白く寒そうだったが、白薔薇を纏うような気高い印象を受けた。  昔……森宮家で、庭師の俺は、いつもこんな風にこっそり瑠衣を見守っていた。  中学も高校も、森宮家の下働きをしながら通った瑠衣。  みすぼらしい身なりでも、何故か隠しきれない品があり不思議だった。  その煌めきのカケラは、年を重ねる毎に輝きを増し、アーサーさんに愛されることで開花したのだ。  男性にしては線の細い身体、細面の優しい顔。  執事服を着こなす姿は、まるで男装の麗人のようだ。  おい、瑠衣はれっきとした男なのに、俺は何を考えて……  思わず顎に手をあてて、考え込んでしまった。  すると、いつの間にか真横に瑠衣が立っていたので、驚いた。 「やあ、テツ」 「お、おう。瑠衣、戻ってきたのか」 「うん、一度休憩にね。アーサーはいる?」 「いや、仕事に出掛けたよ」 「そうか……」  なるほど、愛しのアーサーに会いたくて舞い戻ってきたのか。 「テツ……桂人はどうだ?」 「あぁ、頑張っているよ。葛藤しながらも、ひたむきに生きている。まぁ俺限定で甘えん坊だけどだ」 「ふっ、よかった。桂人が甘えられる場所があって」  綻ぶ口元が、桂人に似ていると思った。   「桂人なら、柊一さんの部屋にいる……」 「分かった。寄ってみるよ」 ****  柊一さんは朝食の後、薬を飲んだら眠くなったらしく、今は安定した寝息を立てている。  日差しが眩しくないようにカーテンを閉めた暗い部屋で、まだ窮屈な執事服を着て、おれは柊一さんの枕元に座っていた。 『起きたら、誰もいないと怖いだろう。桂人、どうか今日は柊一のことを頼むよ』  海里さんの依頼がなくても、最初から付き添うつもりだった。  彼がいつもこの冬郷家の当主として頑張っているのを知っている。おれもテツさんも柊一さんの庇護のもと、ゆったりとした時間を過ごしている。  実に恵まれた環境で働いている。 「柊一さん、あなたは一見、幼く頼りなくも見えますが……決断力があり責任感も強く、立派です。今回は流石に弟の入院手術……少し疲れが出たのでしょう。ゆっくり休んでください」  部屋をノックする音がしたので出てみると、瑠衣さんだった。 「あ、桂人、見違えたよ。君は素敵な執事になったね。サンドイッチもハーブがスパイスでとても美味しかったよ」  参ったな、瑠衣さんこそ、完璧過ぎる。  おれなんて……未だにこの服がしっくりしないのに……瑠衣さんは、まるで身体の一部のように見事に着こなしている。 「桂人、ずっと柊一さまの傍にいてくれたんだね。ありがとう」 「あぁ、起きた時に誰もいないと……寂しいだろうと思ってな」  そう答えると、瑠衣さんは本当に嬉しそうに微笑んでくれた。 「優しいね。桂人は相手の気持ちに寄り添えるいい男だよ」  肩に置かれた手が、あたたかかった。  瑠衣さんとは血が繋がっているからなのか、おれに流れる血が呼び合うように反応した。   「桂人、悪いが……僕は風呂に入って仮眠をしてくるよ。2時間経ったら起こしてくれないか」 「畏まりました」 「いいね。その返事……すっかり執事の桂人だね」 「そ、そうか」  照れ臭い。誰かに褒められるのは、慣れていない。  罵られ気味悪がられてばかりの人生だったから、調子が狂う。 「桂人はね、絶対にいい執事になるよ。僕が保証する」 「瑠衣さんは変わっているな。もう働かなくてもいいのに、自ら仕事を買って出るなんて」 「染み付いた性分かな? いや……誇りに思っているんだ。これが僕の天職だと」  甘く微笑む瑠衣さん。  完璧に着こなした執事服に、片耳のピアスが色気があってぞくりとした。 「目指します。おれの目標は……瑠衣さんだ」 「いいね、その気構え。いつも応援しているよ。英国からも想っていたんだ」  

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