398 / 505
羽ばたく力を 13
庭木の手入れをしていると、瑠衣がふらりと戻ってきた。
きっと病院で寝ずの看病をして、疲労困憊なのだろう。
少しやつれた様子だったが、真っ直ぐに背筋を伸ばしスタスタと歩いている。
吐く息は白く寒そうだったが、白薔薇を纏うような気高い印象を受けた。
昔……森宮家で、庭師の俺は、いつもこんな風にこっそり瑠衣を見守っていた。
中学も高校も、森宮家の下働きをしながら通った瑠衣。
みすぼらしい身なりでも、何故か隠しきれない品があり不思議だった。
その煌めきのカケラは、年を重ねる毎に輝きを増し、アーサーさんに愛されることで開花したのだ。
男性にしては線の細い身体、細面の優しい顔。
執事服を着こなす姿は、まるで男装の麗人のようだ。
おい、瑠衣はれっきとした男なのに、俺は何を考えて……
思わず顎に手をあてて、考え込んでしまった。
すると、いつの間にか真横に瑠衣が立っていたので、驚いた。
「やあ、テツ」
「お、おう。瑠衣、戻ってきたのか」
「うん、一度休憩にね。アーサーはいる?」
「いや、仕事に出掛けたよ」
「そうか……」
なるほど、愛しのアーサーに会いたくて舞い戻ってきたのか。
「テツ……桂人はどうだ?」
「あぁ、頑張っているよ。葛藤しながらも、ひたむきに生きている。まぁ俺限定で甘えん坊だけどだ」
「ふっ、よかった。桂人が甘えられる場所があって」
綻ぶ口元が、桂人に似ていると思った。
「桂人なら、柊一さんの部屋にいる……」
「分かった。寄ってみるよ」
****
柊一さんは朝食の後、薬を飲んだら眠くなったらしく、今は安定した寝息を立てている。
日差しが眩しくないようにカーテンを閉めた暗い部屋で、まだ窮屈な執事服を着て、おれは柊一さんの枕元に座っていた。
『起きたら、誰もいないと怖いだろう。桂人、どうか今日は柊一のことを頼むよ』
海里さんの依頼がなくても、最初から付き添うつもりだった。
彼がいつもこの冬郷家の当主として頑張っているのを知っている。おれもテツさんも柊一さんの庇護のもと、ゆったりとした時間を過ごしている。
実に恵まれた環境で働いている。
「柊一さん、あなたは一見、幼く頼りなくも見えますが……決断力があり責任感も強く、立派です。今回は流石に弟の入院手術……少し疲れが出たのでしょう。ゆっくり休んでください」
部屋をノックする音がしたので出てみると、瑠衣さんだった。
「あ、桂人、見違えたよ。君は素敵な執事になったね。サンドイッチもハーブがスパイスでとても美味しかったよ」
参ったな、瑠衣さんこそ、完璧過ぎる。
おれなんて……未だにこの服がしっくりしないのに……瑠衣さんは、まるで身体の一部のように見事に着こなしている。
「桂人、ずっと柊一さまの傍にいてくれたんだね。ありがとう」
「あぁ、起きた時に誰もいないと……寂しいだろうと思ってな」
そう答えると、瑠衣さんは本当に嬉しそうに微笑んでくれた。
「優しいね。桂人は相手の気持ちに寄り添えるいい男だよ」
肩に置かれた手が、あたたかかった。
瑠衣さんとは血が繋がっているからなのか、おれに流れる血が呼び合うように反応した。
「桂人、悪いが……僕は風呂に入って仮眠をしてくるよ。2時間経ったら起こしてくれないか」
「畏まりました」
「いいね。その返事……すっかり執事の桂人だね」
「そ、そうか」
照れ臭い。誰かに褒められるのは、慣れていない。
罵られ気味悪がられてばかりの人生だったから、調子が狂う。
「桂人はね、絶対にいい執事になるよ。僕が保証する」
「瑠衣さんは変わっているな。もう働かなくてもいいのに、自ら仕事を買って出るなんて」
「染み付いた性分かな? いや……誇りに思っているんだ。これが僕の天職だと」
甘く微笑む瑠衣さん。
完璧に着こなした執事服に、片耳のピアスが色気があってぞくりとした。
「目指します。おれの目標は……瑠衣さんだ」
「いいね、その気構え。いつも応援しているよ。英国からも想っていたんだ」
ともだちにシェアしよう!