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羽ばたく力を 18
「雪也さま、お加減はいかがですか」
「瑠衣!」
病室に入ると、ベッドに寝たきりの雪也さまが健気に笑って下さった。
「うーん、まだ……痛いけれども、昨日よりはましかなぁ」
「分かるよ。昨日より少しだけいいから、明日への希望になるよな!」
「あ……その声はアーサーさんですか」
「ピンポーン! 当たりだよ! やぁ雪也くん」
アーサーの明るい声が病室に響くと、雪也さまが今度は嬉しそうに笑って下さった。
「良かった。アーサーさんに色々聞きたいことがあって」
「うん! さぁ今日は俺に何でも聞いてくれ。沢山話そう! そのために英国から飛んで来たんだ。喉の調子はもう良さそうだね」
「はい……喉……アーサーさんから聞いていましたが、かなり辛かったです」
「よしよし、頑張ったな」
二人が和やかに話し出したので、僕と海里は一旦退出した。
「……アーサーは、幼い子供の心を掴むのが上手だな」
「アーサーには年の離れた弟さんがいるから。あと同じ手術経験者だから、わかり合える部分があるのだろうね」
「そうだな。瑠衣の心を掴むのもバッチリだったしな」
「そ、それは余計だ」
海里が、兄の眼差しを向けてくる。
気恥ずかしくて顔を上げられない。
「瑠衣……ますます幸せそうになったな。英国での暮らしはどうだ?」
「うん、アーサーのおばあ様には本当によくしていただいているし、他の使用人の方々にも良くしてもらっているよ」
「そうか、何度も聞いてしまうが、瑠衣の口からその都度聞くと安心出来てな」
そのまま海里は暫く無言になった。
だから、僕の方から海里が知りたがっていることを教えてあげた。
「柊一さまは熱も下がって、快方に向かっているから安心して」
「そうか、ありがとうな。柊一だって辛い時はまだ母親に甘えたくもなるだろう。だが……彼にはもういない。だから瑠衣の手が必要だった」
それは海里も同じだ。
「海里だって……同じだ。もう誰もいないのに」
「フッ……瑠衣がそれを言う? なぁ俺達は親との縁も幸も薄かったが、兄弟愛は強いよな。そしてお互い最高の伴侶を得た」
本当にその通りだ。
愛情は母から受けた6年間のみ。
僕が生涯で知る愛はそれだけだと思っていた寂しい高校時代。
いつか※嬲《なぶ》り殺されてしまうのでは……
そう悲観していた僕に、教えてあげたいよ。
「海里……人生は好きなことを深めていけば……薔薇色になるんだね」
僕は執事の仕事が好きだ。感謝されると、僕の存在が人の役に立っていると感じるられるし、大切な誰かを輝かすお手伝いを出来るのが、心から嬉しい。
「あぁ俺はどこまでも純粋でピュアな世界……俺だけの白薔薇と生きていくよ。瑠衣は……お前のそのよく染まる頬のような上品なピンク色の薔薇とな」
甘美な薔薇に囲まれて行こう。
ずっといばらの道を進んできた。
苦労の多い道を歩んできた。
痛み傷つき、それでも求め合った。
だから薔薇の色が見えるのだろう。
海里には純白の、僕にはローズピンクの。
今、僕達の将来は、明るい希望に満ちている。
この先は幸福に満ち、悲しみや苦しみを感じることが少ない人生にしたい。
「瑠衣、冬郷家の白薔薇が満開になったら、俺は改めて柊一と生涯の愛を誓うよ。だから同じ頃……瑠衣も英国でアーサーと誓え。薔薇色の人生を末永く過ごすと」
英国と日本で……永久の愛を誓おうと海里が言ってくれる。
それが嬉しくて、海里の肩をそっと抱きしめた。
「兄さんも幸せなんだね。今、とても……」
「あぁ、瑠衣の育ててくれた宝物に囲まれているから」
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