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羽ばたく力を 23
「よし、退院していいよ」
「本当ですか」
「あぁ、雪也くん、よく頑張ったな」
診察室で雪也くんの頭を撫でてやると、擽ったそうに目を細め笑ってくれた。
術後……動けるようになってから今日まで、毎日退院に向けてリハビリに励んでいた。
担当看護師や瑠衣に付き添われ、階段の昇降運動、歩行運動を泣き言も言わずに頑張った結果、若いこともあり、予定より早い退院となった。
術後小さな身体に通されていた管は全て取り払われ、もう自由な身体だ。
これで俺もようやく一安心だ。
「海里先生はじめ医療スタッフの皆様と兄さま、瑠衣とアーサーさん、そして冬郷家を守ってくれたテツさんと桂人さんのお陰です。僕は皆さんに支えられて生きています」
その年でそこまではっきり言い切れる者は、なかなかいない。いかに雪也くんが幼い頃から、重たい病気に真摯に向き合ってきたのか分かる誠実な言葉だった。
「雪也さま、本当に良かったです」
「瑠衣……長く引き留めてしまって、ごめんなさい」
「謝ることではないです。私がそうしたかったから……それにアーサーの日本での仕事も沢山ありましたので」
「アーサーさんにも、沢山励ましていただきました」
「良かったです」
アーサーも本当によくやってくれた。雪也くんが入院中、退屈しないようにと、スパイごっこをして絵を描くことを促してくれたり、手術痕の治り具合についても親身になってくれた。
俺も外科医として出来ることはしたが、専門外の事も多いことを痛感したが、そういう部分をアーサーと瑠衣が見事に補ってくれたのだ。
「アーサーと瑠衣。君たちは俺にとっても頼りになる存在で心強かった。ありがとう!」
「海里……僕の方こそ幸せな時間だったよ」
冬郷家の立場で礼を言うと、瑠衣が優しく微笑んだ。薔薇色の頬をして、随分嬉しそうに笑ってくれるのだな。いつも蒼白な顔で森宮家の屋敷で肩身の狭い思いをしながら過ごしていた瑠衣は、もういない。
「さぁ、いいよ。もう柊一の待つ家にお帰り!」
雪也くんの前でパンっと手を叩いて、病気からの解放を知らせた。
それを合図に、雪也くんがスクッと椅子から立ち上がった。
「海里先生、ありがとうございます」
礼儀正しく深々と挨拶する様子に、君のご両親を思い出した。
冬郷家は由緒正しい裕福な家だったが、けっして奢らず、礼を尽くす。
「もう、これからは先生じゃないよ」
「いえ、僕にとって……やはり海里先生は尊敬する先生です。この先も先生とずっと一緒にいられるのが嬉しいです」
「じゃあ……海里、僕はそろそろ帰国するよ」
「そうか……寂しくなるな」
瑠衣がすっと手を差し出したので、ギュッと握手をした。
「雪也さまを冬郷家にお届けしたら……夜の便で帰国することにしたんだ」
帰国か……もう瑠衣には英国がホームなのだな。
「あぁ瑠衣、ありがとう。助かったよ」
「……僕がしたかったことだったから、今日の日を迎えることが出来て嬉しいよ」
「あぁ、そうだな」
瑠衣は、柊一と雪也くんが両親を突然亡くした時、英国にいて傍にいられなかったことを悔いていたのだろう。
「瑠衣、そうだ……六月の約束は守れよ」
「分かった。英国から海里の幸せを願うよ」
「俺も日本から、瑠衣の幸せを願うよ。また来い、いつでも……」
「うん、アーサーにもらった実家があるから、いつか招待するよ」
「楽しみだな」
しばしの間。
和やかな空気。
「海里先生に、これを……」
「ん? いいのかい?」
「はい、持っていて下さい。さぁ瑠衣、帰ろうか」
二人が小さくなるまで、診察室のドアの前に立ち……見送った。
彼らの背には……白い羽と薔薇色の羽がついているように見えた。そして俺の手元には、雪也くんが入院中に描いてくれたスケッチブックがある。
開けば……
白衣をマントのように棚引かせる俺と、白バラを持つ柊一が笑っている。
『僕の大切な家族・二人の兄さま』
添えられた言葉に、胸が熱くなる。
家族――
ずっと欲しかったぬくもりを届けてくれる幸せな兄弟に出逢った。
俺も、おとぎ話の住人になろう。
彼らの待つ家に、帰ろう!
雪也くん退院おめでとう!
これからは大空に羽ばたく力を持って、生きて欲しい。
君の人生は、まだまだこれからだ!
『羽ばたく力を』 了
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