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永遠の誓い 21
中庭には、一年前、瑠衣が設置してくれたように白いテーブルクロスを敷いた長方形の机が置かれ、その上に優雅なアフタヌーンティーセットが並んでいた。
白薔薇も随所に置かれ、清らかな雰囲気で満ちていた。
海里先生の腕に掴まって白薔薇のアーチを潜ると、この世でたった一人の弟、雪也がいた。
雪也が見慣れない真っ青なネクタイをして、目を細めて笑っている。
薔薇色の頬、サラサラの髪。健康的な少年の笑顔に感激して、僕は雪也を抱きしめた。
「雪也! 手術の成功と退院、おめでとう!」
この台詞が言いたくて、一年間待ったのだ。
ありったけの祝福を込めて、僕は雪也を労った。
「頑張ったね。ゆき」
「あ、ありがとうございます。兄さまこそ、ご結婚おめでとうございます」
男同士の結婚など認められない世の中なのに……それでも雪也にそう言ってもらえるのが嬉しいよ。
「……ありがとう。少し恥ずかしいね……お前に祝ってもらうのは。そのネクタイ、とてもいい色だね」
「瑠衣がサムシングブルーだからと、内緒で用意してくれたんです」
「瑠衣が……ハンカチだけでなく、こんな粋な計らいを……」
「英国で……瑠衣も今頃最高の笑みをたたえているでしょうね」
「目に浮かぶようだよ」
僕は真っ白な燕尾服を着て、胸元に大輪の白薔薇を飾っていた。
僕が笑えば、花も優美に微笑む、花笑み……だ。
健康的な雪也の表情に、感無量になり天を仰いだ。
天国にいらっしゃるお父様、お母様……ついに雪也の手術が無事に終わりました。雪也が健康になっていく様子……見えていますか。
雪也はこれで大人になれます!
僕の生涯の伴侶……海里さんが治療してくれたのです。
どうか許して下さい。僕が同性で愛し合うことを。僕の種を後世に繋げないことを……。
冬郷家だけは必ずや後世に繋げますので。
……
柊一、ありがとう。
雪也の命を、あなたは命がけでまもってくれたわ。
もうあなたは自由に生きていいのよ。
彼からの溢れんばかりの愛をうけとめて。
……
母の胸に抱かれているような心地がした。
天上からのメッセージに、胸が一杯になる。
海里先生が近寄って、そっと雪也の肩を抱いて下さる。
「雪也くん退院おめでとう。これから、よろしくな」
「海里先生のお陰です。手術の執刀ありがとうございました。僕は先生のお陰で大人になれます。それから先生もおめでとうございます。あの……その、弟として嬉しいです」
そうか、これからは海里先生の弟にもなるのだね。
海里さんが照れ臭そうに笑った。
「ありがとう。今日からは三人で仲良くこの白薔薇の洋館で暮らしていこう」
「もちろんです。あっ……でも僕はあと十年も経てば、きっと結婚して父親になっていますよ」
え? まだまだ子供だと思っていた雪也がそんな発言を?
「へぇ、もう決めた子でも? 知らなかったよ」
「え? あ、あの……違います。でも昔……母さまと約束したんです。僕はいつか父親になってこの家を次の世に繋いでいこうと思います、だから……」
雪也がそこまで考えていたなんて。そこまで考えて……今日僕が海里先生と結婚することを祝福してくれているのだ。
雪也の心の声が届くよ。
……
ふたりは世間の柵を気にすることなく、いつまでも仲良く愛し合って下さい。
……
「兄さま、いつかまたおとぎ話を聞かせて下さい。兄さまたちが紡ぐ物語を聞きたいです。僕……海里先生も兄さまも永遠に大好きです」
「もちろんだ……もちろんだよ。ゆき……」
感無量で抱き合った。
僕と雪也は永遠の兄弟だ、ずっと仲良く暮らしていこう。
すると大人びた発言を繰り返していた雪也が、突然崩れた。
涙でぐしょぐしょの顔で、僕に縋ってくる。
「にーたま、にーたまぁ……どこにもいかないで」
「当たり前だよ! 雪也、僕は永遠にゆきの兄だ。ずっと傍にいるよ」
「にいさまぁ……大好きです」
「僕もだよ」
結局、ふたりで抱き合って大泣きしてしまった。
「さぁふたりとも、今日はお祝いだよ。泣き止んで。式をあげても柊一は柊一のままだよ。安心してくれ」
「はい。ごめんなさい。なんだか海里先生に取られてしまうようで」
海里さんが甘く微笑まれる。
「取ったりしないよ。愛するだけだ……永遠に」
「永遠に愛するだけ……」
何度もリフレインしたくなる、生涯の愛の言葉だった。
「さぁ、秘密の庭園に……チャペルで俺たちの誓いを……鐘《wedding bells》を鳴らそう!」
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