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完結後のおまけSS『写真』
白薔薇に囲まれた結婚式を挙げてから、10日ほど経っていた。
「おやすみ、柊一」
「おはよう、柊一」
眠りにつく時も目覚めた時も、いつも海里さんが僕を甘いキスで蕩けさせてくれるから、まだ夢の中にいるような心地だ。
僕の憧れていた世界には、夢が覚めない魔法がかけられているようだ。
ただ、そんなおとぎ話の世界にも、日常はやってくる。
海里先生が病院にお勤めの間、僕は執務室で冬郷家の財産管理をするのが日課だ。今はもうお祖父様が創業された会社はないが、この屋敷を海里先生のご実家の森宮家が経営するホテルオーヤマと提携させることで、安定した対価を得られるようになっていた。
使用人もテツさんと桂人さんに絞り、僕と雪也も社交界との付き合いを控え慎ましく暮らしている。おかげで順調に借金を返済出来、ゼロに等しかった蓄えも増し、経済的にも精神的にも安定している。
雪也がもう少し養生したら、今まで何も出来なかった分、様々な経験をさせてあげたい。だから、これからは教育費に重きを置こう。
雪也には、彼が望む教育を十分に受けさせてあげたい。僕は両親が在学中に亡くなり叶わなかったけれども、学びたいことを学び、好きな分野に進んで欲しい。
雪也の未来を考えていたら、とても楽しい気分になってしまった。
もうこんな風に、先の夢を見てもいいんだね、雪也。
トントン――
「どうぞ」
「失礼します」
執事服姿の桂人さんがワゴンを押して入って来た。
「桂人さん、もうお茶の時間ですか」
「はい、もう三時ですから」
香り高いアールグレイの紅茶を飲んでいると、桂人さんが気まずそうに白い封筒を差し出してきた。
「何です?」
「いい光景だったので、つい……その、勝手に撮って悪かったな」
封筒を開けると、中には一枚の写真が入っていた。
「あっ……いつの間に」
「あの日は……おれがカメラを担当していたんだ! だから、つい……な」
「嬉しいです」
「これは柊一さんが持っていたらいい」
「ありがとうございます」
「コホン……その、あの日のブーケのお礼だ」
ブーケトスのことを言っているらしい。
執事にはほど遠い口調だが、桂人さんらしく好感が持てる。
写真には、正装をした僕と海里さんが写っていた。
淡い日差しを浴びた僕は……ウェディングべールの中で海里さんからの愛を一途に受け入れていた。
海里さんは、こんなにも柔らかな表情で、僕を見つめてくれていたのか。僕はこんなにも蕩けそうで、嬉しそうな表情を浮かべていたのか。
客観的に見ることによって、更に多幸感が増してきた。
「海里さん、好きです。僕、幸せです」
「海里さん、お仕事、今日もお忙しいですか。早くお会いしたいです」
机の引き出しにしまっては、休憩ごとにそっと見つめてしまった。
その度に幸せ色に包まれる心地だった。
その晩、あまりに僕が上機嫌なので、海里さんに不審がられた。
「柊一、今日は妙にご機嫌だね。何かいいことでもあった? 俺がいなくて寂しくなかったのかい?」
僕は嘘をつけないので、正直に話した。
「あの……この写真をもらったんです。だから日中、寂しくなると、写真の中の海里さんに会いに行きました」
「そうだったのか。いい写真だな。俺たちの最高に幸せな瞬間を見事に捉えてくれているな」
「はい。桂人さんが撮ってくれました」
「桂人も幸せだから、こんなにも幸せな写真を撮れるんだな。俺も欲しいな」
「では、明日焼き増しを頼みます」
真面目な顔で伝えると、海里さんがふっと甘い笑みを浮かべた。
「写真も欲しいが、ここにいる柊一も欲しいな」
「あ……はい」
「今宵も抱いてもいいか」
「も、もちろんです」
僕たちの結婚式の写真。何度も眺めていたら、早く僕に触れて、抱いて欲しくなっていた。そんなこと僕からは恥ずかしくて話せないが、海里さんを求める気持ちが溢れてきた。
「柊一、何度でも言うよ。君を愛してる」
「海里さん、僕のありったけの……生涯の愛をあなたに」
翌朝、海里さんが結婚式の写真を写真立てに入れ、僕のデスクに飾ってくれた。
「よし、これでいい。いつでも堂々と見ておくれ」
「これでは、仕事になりません」
「どうして?」
「……写真の中の海里さんに見惚れてしまいます」
「ふっ、だから俺は君が好きだ」
愛し愛されて生きていく。
それが僕たち流のおとぎ話。
さぁ今日も新しい頁を捲ろう!
あとがき(不要な方は飛ばしてください)
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おもちさんから私の誕生日に寄せて直筆の色紙をいただきました。
ふたりの表情が幸せ過ぎて……泣いてしまいそう。
心から嬉しかったので、色紙の絵に合わせたこのSSを書きました。
アトリエブログにあげるので、よかったらご覧ください。
https://fujossy.jp/notes/30312
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