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大きな翼 3
「なぁ、テツさんは……外国に行ったことがあるか」
「ないよ」
「そうか、オレだけじゃないのか。良かった」
ベッドに潜り込んで来た桂人を包み込んで暖めてやると、少し羨ましそうな様子で呟いた。
「そのうち連れて行ってやるよ」
「本当か」
「あぁ俺もイングリッシュガーデンを生で見たいからな。その時は桂人も絶対に連れて行く」
「そうか、嬉しいよ」
桂人は自分の指で執事として固めた前髪をバサッと解き、ふっと微笑みながらかきあげた。
「その仕草……色っぽいな」
「そうか」
「あぁ艶っぽくて溜らん」
「ははっ、男に言う台詞か」
「桂人に言う台詞だ」
「……うーん、テツさんも饒舌になったな」
白いシャツのボタンに手をかけると、桂人が止めた。
「イヤか」
「違う。自分で脱ぐよ」
「お前……男気も増したな」
「イヤか」
「いや、そんな所も好きだ」
「その……柊一さんみたいに……可愛く甘えられなくて……悪い」
「人と比べるな。桂人は俺にとって唯一無二の存在だ」
窓の外は凍てついているが、桂人の身体は触れるとしっとりと湿って熱を帯びていた。
彼の雪のように白い肌は、極上の肌触りなのだ。そのまま脇腹から腰……下腹部を辿ると……桂人のものもカタチを変えていた。
「もう、欲情しているのか」
「言うな」
「桂人……今年もよろしくな」
「テツさん、いい年にしよう。オレ……こんな暖かな正月にずっと憧れていた」
社での過ごした過酷な過去は、まだ桂人を縛ることがあるが、この先の年月、長い時間をかけてふたりで溶かしていくものだ。
「今年も焦らず……一歩一歩だ。お前の身体はゆっくり本来の姿を取り戻しているから安心しろ」
「あぁ、もう……早く……もっと暖めてくれよ」
****
「柊一、今日は何を買い込んだんだ?」
「あ……海里さん」
正月休みを終え、仕事から戻ると柊一が自室に籠もっていた。
ノックをして覗くと、大きなトランクに、あれこれ詰め込んでいた。
「これは雪也が好きだったお店のクッキーです。こっちはあの子が好きなミルク石鹸です」
「おいおい、そんなに詰め込んだら、君の衣類はどこに入れるんだ?」
「あ、あの……」
「ん?」
「海里さんのトランクにお邪魔しても?」
言い方が可愛くて、悶絶しそうになった。
「もちろんいいが、オレのオーデコロンの匂いが染み付いてしまうかもよ?」
「いいんです。あの……そうなってみたいなって、僕にはあの香りは大人っぽすぎるでしょうか」
参ったな、柊一は可愛すぎる。
俺が生涯をかけて愛するから、全部俺に委ねて欲しい。
「柊一、今度オーデコロンをテツに作ってもらおう」
「え?」
「俺たち二人に似合う香りを産み出そう」
「海里さんと僕の香りですか」
「あぁそうだ。そうだな、白薔薇を基調にしたものがいい。それにジャスミンやハーブの香りを加えて上品で心地良いものにしよう」
「それは素敵過ぎます」
うっとりと柊一が俺を見上げてくれる。
「俺は今日も君の星になっているか」
「はい……あの……最近の海里さんは、シリウスのようです」
「ん、以前言ってくれたポラリスでなくて?」
「はい……僕の憧れの星です。僕はあなたに恋い焦がれていますので」
「可愛いことを」
シリウスはおおいぬ座の星の名前だ。ギリシャ語で「光り輝くもの」「焼き焦がすもの」という意味を持ち、その名の通り力強い光を放っている。
純粋な柊一の言葉はどこまでも素直で裏表ないので、俺を奮い立たせる。
「さぁ旅行の準備は今日はここまでだ。おいで……俺たちの寝室へ行こう」
「あ、はい」
頬を染める柊一を、今宵も俺は甘く蕩かす。
二人の旅立ちは、もう間もなくだ。
共に海を越えて、英国に行こう!
蜜月旅行にしよう!
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