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大きな翼 7

「テツさん、何を作っているんだ?」 「桂人、もう戻ったのか」 「んっ、今日はもうやることはないからな」 「じゃあ、こっちを手伝ってくれ」  桂人は、既に執事服から作務衣になっていた。 「やはりそちらの方が落ち着くのか」 「まぁな。なぁテツさん、柊一さまは本当に弟思いだな」  柊一さんは、明日から海里さんと英国に新婚旅行に出掛ける。瑠衣とアーサーさん、そして弟の雪也くんに会うのが一番の目的だ。  そんな理由で、桂人は、柊一さんが雪也くんへのお土産を探す用事に連日付き合っていた。 「疲れているな」 「……銀座って場所は不慣れだ。すごい人だし……皆、おれたちの顔をじろじろ見るから」 「嫌な目にあったのか。俺も同行すればよかった」 「いや……遭ってなんかない。だが、皆……変な目でおれたちを見るんだ」 「変な目?」  なんとなく状況を想像出来るな。 「宝物を見るような優しい目だったのか、それとも憧れるようなうっとりとした視線だったか」 「うっ……何で分かる?」 「分かるさ、桂人のことなら何でも」 「……テツさん」  雪のように純真な柊一さんと、男気溢れる艶めいた桂人が二人で歩けば、必然的にそうなるだろう。 「あのさ……柊一さんに助言してもらって……これを買ったんだ」 「ん?」  桂人がポケットから出したのは、リップクリームだった。 「春子ちゃんに?」 「桜色なんだ……あの子に似合うかと思って」 「いいな。きっと喜ぶよ」  桂人が唯一心を許す肉親、妹の春子ちゃんのことになると、すっかり兄の顔だ。 「明日、持っていけばいい」 「でも……」 「明日の朝には柊一さんと海里さんが出発する。その後だったら行ってきていいぞ」  途端に桂人が明るい笑顔を浮かべる。 「そうか、ありがとう! テツさん」 「そうだ……俺にはお土産はないのか」   揶揄うように訊ねると、いきなり接吻された。 「テツさんにはおれがいるだろう!」 「桂人は大胆だ」   **** 「柊一さま、海里さん、そろそろハイヤーが来ます」 「桂人、ありがとう。留守中頼むぞ」 「はい」 「桂人さん、今日は春子ちゃんに会いに行ってくださいね」 「あ、はい。でも……本当にいいんですか。おれ、春子と四年間会わないと誓ったのに」 「桂人さん……四年も我慢することないのです。向こうが来られないのなら、こちらから会いに行けば良いのです。その……僕も大切な弟に会いに行くので」  柊一さまは本当に心根が優しい。  自分一人がいい思いをしようなんて微塵も思っていない。  俺たちを使用人ではなく、友人のように扱ってくださる。  こんなに優しい世界があるなんて。  穏やかな気持ちで春子に会いに行けそうだ。 「どうかよい旅を」 「うん、行ってくるよ」 「あっ」 「ん? どうかしたか」 「いえ、いってらっしゃいませ」  おれは深々とお辞儀をして、二人を見送った。  柊一さまの首には、可愛い所有の証しがついていたが、野暮なので口にしなかった。  きっと海里さんがうまく対処するだろう。  どうか楽しい旅となりますように。 ****  春子の家の前に立つと、柔らかなピアノのメロディが流れてきた。 「上達したな」    塀にもたれて暫く耳を澄ましていると、突然メロディが止まった。  振り返ると、いつの間にか……塀の向こうに妹が立っていた!   「お……お兄ちゃん!!」   あとがき(不要な方はスルー) **** 久しぶりに『まるでおとぎ話』シリーズを更新し出したら、楽しくなってしまい……なかなか英国に行きません。(明日には飛び立つ予定です) でも……テツ&桂人&春子ラインも好きなんです(*'-') 今日も読んで下さりありがとうございます💕

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