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大きな翼 17

「柊一さま、長旅お疲れさまです。ずっと機内で緊張されていらしたのでは?」 「瑠衣……それがね、実は……あまり緊張はしなかったんだ」 「どうしてです?」 「緊張する暇がなかったというか」 「?」    車の中で柊一さまが少し恥ずかしそうに、小声で教えてくれた。 「実はね……瑠衣、僕もとうとう大人の階段を上ったんだ……だから、それどころじゃなかったんだよ」 「!!」  はっ……? お、大人の階段!?  この発言には、流石に隣にいた海里も運転をしているアーサーもギョッとしていた。 「え……あ、あの……?」  まさか座席がファーストクラスだったのは知っているけれど、機内で柊一さまに悪さをしたのでは? 密室とはいえない状態で困らせるようなことをしたのか。  キッと後ろを振り返り海里を睨むと、海里は肩を竦めた。 「柊一、もう少し丁寧に話さないと、瑠衣が血相を変えているよ」 「あ、瑠衣……大人の階段というのはね。実は……僕……飲んでしまったんだ」  の、飲んだ?  まさか!  駄目だ、いよいよクラクラしてきた。 「嘆かわしいです……僕が手塩にかけてお育てした柊一さまが、機内で……そのようなこと」  頭痛がしてきた。  僕がこめかみを指で押さえて首を横に振ると、アーサーが堪えきれないように肩を揺らした。   「ハハハッ、今日の君、かなり滑っているな」 「え?」  後部座席の柊一さまは、相変わらずキョトンとした顔で僕を見つめているが、隣の海里は腹を抱えて肩を揺らしていた。 「はははっ、アーサー、お前、俺の大事な弟をこんなにしちゃったのか」 「瑠衣? あの……何か勘違いしちゃったの? 僕の説明が悪くて……ごめんなさい」 「いえ、あの……もう一度教えて下さい。何をお飲みになったのですか」 「怒らない?」  柊一さまが上目遣いで俺を見つめてくる。  どんなことがあったとしても、穢れなき、気品のあるお方。  いくつになっても汚れを知らない柊一さまのお顔に、安堵した。  だから何を聞いても動じない。それが執事というものだ。 「怒りません。さぁ一体何をお飲みになったのですか」 「……シャンパン……を、かなり……」 「へっ?」  その瞬間、僕はとんでもない破廉恥な勘違いをしていたことに気づき、穴があったら入りたい程、恥ずかしくなった。  海里はニヤニヤと僕を見るし、アーサーは何故か上機嫌だ。 「ご、ごめんなさい! 機内では気圧の関係で酔いやすいので、アルコール類……飲み慣れないものはやめたほうがいいと瑠衣がアドバイスしてくれていたのに」 「は……はぁ……あぁそれで酔っ払ってずっと眠ってしまったから、緊張もあまりしないで済んだのですね」 「そういうことなんだ」  柊一さまがあまりにあどけなく可憐に微笑まれたので、一気に脱力した。  そうだった。  柊一さまというお方は、元来こういう天真爛漫な邪気のないお方だった。  僕は夜な夜なアーサーとの快楽に溺れて……思考回路が変になってしまったのか。  今度はキッとアーサーを睨むと、アーサーは「その顔もいい、痺れる~」などとふざけて、全然効果がなかった。 仕方が無い。もう開き直ろう。  僕は少し窓を開けて、この澱んだ空気を入れ換えて背筋を伸ばした。  間もなくアーサーのご実家、グレイ侯爵家の本宅に到着だ。 「あの……コホン……間もなく到着です」 あとがき(不要な方はスルー) ***** 瑠衣の一人勘違い……柊一は何も気付いていませんね。 明日からはまたおとぎ話らしくファンタジックになっていきます。 初めての海外旅行を漫喫する柊一や、雪也とのこと……いろいろ書いて行きたいです。  

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