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大きな翼 19

 皆が週末で外泊する中、ぽつんと寮に戻った。  せっかくノアさんがわざわざ来て誘ってくれたのに、残念だったな。  けれども、この前のテストで赤点を取ってしまい、今日の午後追試があるから、どうしても無理だった。  日本に居た時は、体調が悪く学校に通えない日が多かった。  まだ瑠衣がいた時は、つきっきりで優しく分かりやすく勉強を教えてくれた。瑠衣は大学を出ていないが、本当に聡明だった。  そして瑠衣が去り、お父様とお母様が亡くなられた後は、兄さまが瑠衣の代わりに、僕に勉強を教えて下さった。  お仕事や家の用事で忙しい合間を縫っていつもいつも……  優しくて、穏やかな…… 「兄さま……」  うっかり口に出したら、涙がほろりと溢れてきてしまった。  いけない。考えては駄目だ。  慌てて手の甲で拭っても、溢れ出る涙。 「兄さま……僕……少し疲れました……勉強……とても難しいです。えいご……よく聞き取れないことも多くて、友達も出来ません」  流れ出るのは、僕の本心。  弱音だった。  最後には、ベッドにうつ伏せになって泣いてしまった。  だが、どんなに泣いても、僕の背を撫でてくれる優しい手は今はない。  ここは英国だから。  日本ではないから。 **** 「瑠衣、柊一を雪也くんの学校まで連れて行ってやってくれないか」 「海里? 君が行かなくていいの?」  瑠衣が意外そうな顔で、俺を見つめた。   「雪也くんは、俺がいたのでは素直に泣けないかもしれないだろう。こういう時は、雪也くんが生まれた時からお世話をした瑠衣と、兄の柊一が適任だろう」  雪也くんは、春子ちゃんと知り合い、男としての自我に目覚め、立派な大人となろうと旅立っていったのだ。だから弱音を見せる人は、少ない方がいい。 「海里さん……ありがとうございます。雪也の様子を見に行くのを許して下さって」 「許すも何も、君がそのために来たのを知っているからね」 「あ……はい。あの子のことだから、きっとそろそろホームシックなのではと思って……気が気ではありませんでした」 「どうやら予感が的中したようだ。さぁ行っておいで。俺は久しぶりにアーサーと過ごすよ」  俺は、柊一の幸せが一番だから、こんな風に送り出せる男になった。  そう思うと、今の自分がとても好きになる。 「雪也くんを笑顔にしておいで」  柊一の背中を押してやると、彼はとても嬉しそうに微笑んで俺の耳元で囁いてくれた。 「海里さん、大好きです。少しだけ……待っていてくださいね」  優しい心を持った君が、とても好きだ。  

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