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大きな翼 20
「瑠衣、僕はどうしたらいいだろう?」
雪也さまの寮へ向かう車中で、柊一さまが僕に意見を求められた。
「雪也は今、ひとりで頑張っている。そこに僕が急に現れたら、リズムを崩してしまわないか」
珍しくご自身の進む道に迷われているようだ。
帝王教育を幼い頃から一身に注がれた柊一さまは、懸命な努力を重ね、儚げな外見とは裏腹に決断力というものをしっかりと身につけられた。だから亡きお館さまも、奥さまも、全てを柊一さまに託されていたのだ。
……このように自信の無いお顔は、久しぶりに拝見する。
「柊一さま? いかがされました?」
「あのね、瑠衣。僕の中で雪也は、まだ守ってあげなくてはいけない小さな弟なんだ。今すぐ駆けつけて抱きしめてやりたい。でも……雪也は単身で渡英し、慣れない環境で頑張っているだろう。今日だって……だから、僕が顔を見せたら、決心が揺らいでしまわないか、心配なんだ」
柊一さまというお方は本当にお優しい。常に相手の立場を重んじて行動出来るお方なのだ。
だが、今日は……
「柊一さま、雪也さまは、16歳におなりになったばかりです。雪也さまは、病気のこともあり、少し精神的に幼い部分もあります。だから、まだまだ甘えてもいいお年頃なんですよ」
「そうだね。そうだ……まずはそっと覗いてみてもいいかな? あの子がどんな風に生活しているのかを見てから、判断するよ」
なんと真面目な……
何も考えずに、柊一さまが会いたい気持ちを優先させてもいいのにと心の中で思うが、これが私がお育てした柊一さまの、本来の気質なのだ。
「えぇ、そうしましょう。この時間ならもう図書館でお勉強しているはずです」
「本棚の陰からそっと覗くよ」
すべきことが見つかったのか、柊一さまが頬を緩められた。
「でもね、今はこんな冷静なことを言っているが、きっと雪也の姿を見たら……止まらないのだろうね」
「それも、いいかもしれませんよ」
「ありがとう」
「間もなく到着します」
「分かった」
****
蔦の絡まる歴史あるスクール、大聖堂のように厳かな図書館を見上げ、僕は息を呑んだ。
僕は今、本当に憧れの英国にやってきたのだ。感慨深いものがあった。
僕の両親はとても厳格で用心深かったので、跡取りである僕に何かあったら大変だと、留学など以ての外だった。また雪也が病弱で旅行すら出来ない状態だったので、僕もどこにも行かなかった。
そんな僕が、遠路遙々英国までやってきたのだ。
そしてこの図書館の中には、いつも咳をコンコンし病弱だった雪也がいる。
それだけでもう……涙が溢れそうだよ。
「柊一さま、雪也さまはあちらです。一番後ろに座っていらっしゃいますよ」
瑠衣の指さす方向を見ると、可愛い弟の姿が見えた。本棚の陰から様子を伺うと、もう堪らない気持ちになった。
「ゆ……雪」
こんなに雪也と会えないのが辛いなんて。
兄さまは、ずっとずっと寂しかったよ。
僕の足は、自然と動き出していた。
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