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大きな翼 21
あ……もう、こんな時間なのか。
早く図書館に行って課題をやらないと。
ベッドに疼くまって泣いていた僕はハンカチで涙を拭って、寮の部屋を出た。
「Yukiya! Are you feeling ok? You look pale. ……」
すれ違った上級生に心配されたが、何を言っているのか早口で聞き取れなかくなって……途中で走って逃げてしまった。
「ハァハァ……」
蔦の絡まる煉瓦の壁にもたれて空を見上げると、また涙で視界が滲んでしまった。
馬鹿……もう泣いたら駄目だ。
駄目だな。
僕、最近……自分でも理解しているが、萎縮し過ぎている。
英国に来た当初はもっとちゃんと英語も聞き取れていたのに。
身体が強張って、耳が塞がったような心地になってしまうんだ。
どこか悪いのかな……
もう痛むはずのない胸まで痛くなってくる。
「うっ……」
僕が見上げているこの空は、日本まで繋がっているんだよね。
そう思うと恋しくて、うっかり名前を呼びそうになった。
大好きな兄さまに会いたいよ。
気を取り直し図書館の自習コーナーで、課題に向かった。
ただでさえ難しい問題なのに、全部英語だ。辞書を片手に奮闘したが、どうしても最後の問題が分からない。
「これ……提出しないと追試試験を受けられないのに……どうしよう……」
誰かに教えてもらおう――
そう決心して見渡すが、誰も知っている人がいない。
勉強を教えあえるような友人もいない僕は独りぼっちだ。
ポタッ――
白いノートに水墨画のようなシミが出来る。
「……に……兄さまぁ……」
とうとう我慢出来ずに……小さな声で呼んでしまった。
その瞬間、優しい手が僕の肩に触れて、すっと真っ白なハンカチが横から差し出された。
「誰……?」
この温もりを、僕は知っている。
でも……ありえない!
だって、ここは日本じゃない。
遠い遠い英国だ。
でも……でも!
「……雪也、泣かないで。兄さまだよ」
「に、兄さま!」
図書館で大きな声を出しそうになって、慌てて口を塞いだ。
「しっ、静かにしようね」
「あ、あの……ど、どうして……」
「うん、ゆきに会いたくなって、来てしまったよ」
兄さまが微笑めば、僕の涙も止まっていた。
「あ……あの、兄さま、ここがどうしても解けなくて」
「うん? あぁこれね……」
とても自然に兄さまが僕の横に座って、優しく丁寧に教えてくれた。
信じられない奇跡……
信じられない魔法だよ!
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