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大きな翼 22
「あ……そうか。分かった! 分かりました! こうですね」
「よし! 偉いね。雪也……ちゃんと自分の力で解けたね」
兄さまが優しく僕の頭に手をあてて、撫でてくれた。
あ……この仕草は、お母様と同じだ。
幼い僕が苦いお薬を飲み終えると、いつもこうやって撫でて褒めて下った。
お母様が亡くなられた時、僕はまだ10歳だった。
母の温もりが恋しくて――夜な夜な泣いては、兄さまを困らせてしまった。
そんな時、兄さまが真似して、同じように撫でてくれたんだ。
兄さまの手の向こうに母の面影を感じて泣き止んだ。そして……だんだん兄さまの手の温もりだけで、嬉しくて溜まらなくなった。
お父様とお母様から生まれた兄さまの存在は、本当に偉大だ。
さっきまでぺちゃんこに押し潰されていた自信が蘇ってくるよ。
「兄さま、これ、今から提出してきます」
「うん、頑張ったね」
「ありがとうございます。そのまま追試を受けてくるので、あのあの……絶対に待っていて下さいね」
本当は今すぐ話したいことが、山ほどある。聞いて欲しいことがある。
でも今は……グッと我慢した。
「当たり前だよ。僕はね、雪也に会いにきたんだよ。ここで待っているから、追試が終わったら外泊届を出して、兄さまと過ごしてくれるかな?」
「もちろんです! 僕、頑張ってきます」
「うん、雪也、ファイト」
美しい兄さまが、ニコッと微笑んで僕の手を握ってくれた。
「雪也はとても賢い子で、とてもいい子だ。さぁこの手に自信を持って」
「はい!」
「きっとすらすら解けるよ」
さっきまで泣いて胸が痛い程だったのに、今は全身がポカポカしている。
兄さまに見送られ、僕は先生の元へ走った。
途中同級生とすれ違ったので、自分から『|How are you? 《こんにちは》』と明るく笑顔で挨拶出来た。
そうだ、これだ。
この勢いを……僕は忘れていた。
飛び込むことを恐れない。
僕は漸く健康な身体を手に入れたのだから。
dive! dive! dive!
いろんな世界に飛び込もう。
jump! jump! jump!
いろんな垣根を跳び越えよう!
****
「柊一さま」
「瑠衣……ありがとう」
瑠衣は、柱の陰でずっと一部始終を、見守ってくれていた。
かつて……瑠衣が執事としていた勤めていた時のことを、ふと思い出した。
いつも控えめに壁際に立って、僕を見守ってくれた。それでいて困った時はすっと手を差し伸べてくれた瑠衣。
「雪也さま、お喜びでしたね。本当に良いタイミングでした」
「うん。ぜんぶ、瑠衣が教えてくれたことだよ。瑠衣がこうやって僕を育ててくれたんだ」
「もったいないお言葉です」
ポーカーフェイスの瑠衣が、うっすら目元を赤くしていた。
「追試が終わるまで、この図書館で待とう。ここはとても居心地がいいよ。まるで我が家の……」
「書庫のようですね。一緒におとぎ話を読んだ」
「そうだ、本場のおとぎ話を探してみようよ」
「はい。畏まりました。柊一さま」
僕と瑠衣は、雪也が戻ってくるまで、おとぎ話の世界へ小旅行することにした。
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