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大きな翼 23
雪也さまが泣いていらっしゃる。
だが、今は……僕は動くべきでない。
「瑠衣……僕、雪也のところに行ってくるよ」
「はい。それがよろしいかと」
「うん、ありがとう」
「さぁ」
お二人の様子を薄暗い図書館の……柱の陰から見守った。
冬郷家に勤めていた時のことを、ふと思い出した。
『執事たるもの、決して出しゃばってはならない。介入し過ぎてはならない。空気のように壁のように、ご主人様にお仕えしなさい』
僕は毎日、英国の執事養成スクールで学んだばかりのことを、実践していた。
なのに冬郷家の方は、皆さま天使のように清らかなお心をお持ちで、よくこう呼ばれた。
……
「瑠衣、こちらに来なさい」
「瑠衣、こちらにいらっしゃい」
「ルイ、ここに来てくれない?」
「るい……こっちにきて」
……
旦那さまも、奥さまも、柊一さまも、雪也さまも……皆、心根のお優しいお方だった。
お勤めして3年目、僕へのクリスマスプレゼントは英国行きの飛行機のチケット……そして最後は旦那さまの手で僕を英国に戻して下さった。
僕は本当に冬郷家に恩義がある。
今は英国と日本で離れて暮らしているが、英国留学中の雪也さまのことも、遊びにいらして下さった柊一さまのことも、天国にいるお二人に誓ってお守り致します。
柊一さまに勉強を教えてもらうと、雪也さまの頬は、あっという間に血色を取り戻した。好奇心旺盛な表情で、鉛筆を握る手の動きも速くなった。
生まれた日からお世話している雪也さまの心が、僕には手に取りように分かる。だから……先ほどは辛かったが、もう大丈夫だ。
課題を胸に抱えた雪也さまが、図書館を飛び出した。
光の先へ羽ばたいていく光景を、背筋を正して見守った。
もう大丈夫。雪也さまが失っていた自信は無事に取り戻せましたね。
「瑠衣、こっちに来て」
柊一さまが、冬郷家の書庫で過ごした時のように優しい声で僕を呼ぶ。
「はい」
「ねぇ、おとぎ話のコーナーはどこかな?」
「あ、あちらですよ」
「新しいおとぎ話に出会えるかな?」
「どうでしょう? 一緒に探してみましょう」
「うん。瑠衣も相変わらずおとぎ話が好きかい?」
「好きですよ」
僕は執事モードを置いて、柊一さまと肩を並べて返事をした。
「瑠衣、あのね……執事の瑠衣は凜々しくて素敵だし、僕の友人の瑠衣も優しくて……両方素敵だね」
本当に、柊一さまらしいお言葉だ。
どちらがいい、どちらが悪いと決めつけず、どちらもいいと言って下さる。
僕もまた、柊一さまによって、パワーをもらった一人だ。
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