457 / 505

大きな翼 24

「華がないなぁ」  アーサーが紅茶茶碗をテーブルに置いて、ボソッと呟いた。 「ん? どういう意味だ」 「瑠衣と柊一くんは、まだかな。何時間も海里と二人きりなんて華がない」 「おいおい、その発言は何だ?」 「つまりさ、可愛い瑠衣が傍にいないと、落ち着かないんだよ」  家督は弟に譲ったとはいえ、アーサーは英国名門貴族の御曹司だ。  それが、なんとも腑抜けなことを。  まぁそれだけ俺の弟を大切に思ってくれているということだが…… 「そうだ! アーサーに今のうちに言わせてもらおう」 「何だ? 怖いな」 「俺の可愛い弟に、あまり恥をかかすな」 「何のことだ?」 「……首筋につけただろう? 相変わらず目立つところにばかりつけて。いつだったか、お前達の屋敷に泊まらせてもらった時も、瑠衣は赤い斑点だらけで、目の毒だったぞ」 「あの~ お言葉だが、ソレそっくり返すぞ」 「むっ! 柊一のは特別な印だ。滅多につけることはない。そうだ、アーサー、そもそも俺がいるのに華がないとは酷いぞ」  なんとも阿呆らしい会話だ。  だが……こんな風に砕けた会話を出来る友人は、俺にはいない。  全部、17歳からの親友、アーサーだからだ。  日本では、まだ同性愛は受け入れられない。とんでもない異端児扱いをされてしまうだろう。だから普段は慎重に気をつけているのだが、どうも今回だけは……英国に新婚旅行を目前に気が緩んだらしい。あそこまで柊一の細い首筋に痕をつけるつもりではなかった。だが柊一の雪のような清らかな肌に踏み入るのをやめられなかった。 「あーあ、腑抜けになったなぁ、海里」 「おい、アーサーこそ!」  じゃれ合うように団欒していると、突然来客があった。  アーサーが応対し、すぐに戻ってきた。 「誰だった?」 「お前の従兄弟さ」 「ユーリ!」 「やぁ、海里!」  華やかなのは、母の妹の子供、つまり従兄弟のユーリだ。 「ユーリ、元気だったか?」 「あぁ、風の便りで、海里が英国に久しぶりに来たというので、駆けつけた。 行こう!」 「え? 今来たばかりなのに、どこへ」 ****  僕たちは思い思いに、本を貪り読んだ。  こんなに充実した時間はいつぶりだろう。  ただ……本を読み続け、物語を吸収していった。 「ねぇ瑠衣、この本とても素敵だよ」 「どれです?」 「これだよ、読んだことがないハッピーエンドだ」 「……『|Turn the corner《峠を越えて》』ですか」 「うん、これは日本に持って帰りたいな」 「では、帰るまでに手配しましょう」 「いいの? ありがとう」  柊一さまが気になった本の内容を聴かせてもらおうとした時、雪也さまの足音が響いた。    僕は長年冬郷家にいたので、足音だけで誰だか分かる。    雪也さま……以前よりしっかりした足音になられた。  以前はもっとか弱く、か細く聞こえたのに。  雪也さまが健康になられ、成長されたことをしみじみと噛みしめた。 「兄さま、お待たせしました。あっ……瑠衣、瑠衣……!」 「お久しぶりです。雪也さま」  途端にあどけない表情になって、泣きそうな顔になる。 「ゆき? どうして悲しい顔を?」 「だって……僕の大好きなお二人が勢揃いしているから……反則です」 「ふっ、雪也が大好きだから会いに来たんだよ」 「うっ……」 「そろそろ外に出ましょうか。そろそろ……感情を素直に外に出した方がよろしいでしょう」 「うん」  今にも泣きそうな雪也さまの肩を、そっと柊一さまが抱き、僕が誘導する。  大切な冬郷家の子息さまを、またこんな風にお守り出来るのが嬉しかった。

ともだちにシェアしよう!