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大きな翼 25
もう駄目だ。兄さまだけでなく、瑠衣の姿まで見たら……
これまで瑠衣にも頑なに会わずに頑張ってきたのに、涙腺が崩壊してしまった。
「うっ、う……うわぁ……ん」
僕、自分でもびっくりする位、大きな声で泣いてしまった。
図書館の前を行き来する人が、ギョッとした顔で通り過ぎる。
早く泣き止まないと、馬鹿にされてしまう。
そう思うのに、一度崩壊した涙はなかなか止まらない。
「ゆ、ゆき、こっちにおいで」
兄さまが抱き寄せてくれる。
懐かしい兄さまの匂い、温もりに安堵した。
僕、これでは小さな子供みたいだ。
その時、突然雨が降り出した。
冬の雨は珍しい。
冷たいのに……冷たいはずなのに、兄さまの懐が暖かくて、兄さまが僕の透明の傘になってくれるから寒さを感じなかった。
「柊一さま、雪也さま、こちらへ! 濡れてしまいます」
瑠衣が自分の黒いコートをすぐさま脱いで、傘のように僕たちを被せ、雨を遮ってくれた。
瑠衣……瑠衣はいつも献身的過ぎるよ!
その時、瑠衣が少し驚いた声をあげた。
「え?」
突然、黒塗りの大きな車が目の前に停車した。
そして中から……一際背が高い、海里先生に似た男性がヌッと現れた。
「あ……ユ、ユーリさん!」
「やぁ雪也くん、やっぱり涙の雨が降り出したようだね」
「あ……雨? あぁ……だから」
「はは、雨が人を蹴散らしたようだな。さぁ行こう」
僕らはユーリさん自らが運転する車に乗って、ロンドンのアーサーさんの館に向かった。
「流石だね。ユーリ、ところでアーサーと海里は?」
「瑠衣、久しぶりだね。あいつらは支度に手間取っていたので、置いて来た」
「くすっ、また二人で張り合っていたんだね。やれやれ」
「その通り! どっちがカッコイイとか、どっちが背が高いとか五月蠅いったらないよなー オレが一番格好良くて背も高いのにさ」
明るい会話に、僕の涙も引っ込んでいく。
でも、まだ信じられないよ。
僕の隣に兄さまがいらして、瑠衣もいてくれるなんて――
僕の大事な人の温もりに、すっぽり包まれている安心感は半端ない。
ロンドンにやって来てすぐにお世話になったアーサーさんの館に到着すると、すぐにメイドさんに風呂場に通された。
「三人供、結局冬の雨に濡れたな。まずは風呂だ」
そんなアーサーさんの鶴の一声で、脱衣場に押し込まれたんだ。
「雪也さま、柊一さま、さぁご一緒にどうぞ」
とても広いお風呂場だったが、兄さまはギョッとした様子だった。
「雪也が先にお入り、兄さまは後でいいから」
「えっ、でも……」
「い、いいから」
兄さまはかなり動揺していた。
でも、兄さまがお風邪を引いたら大変だから、僕からもう一度誘った。
「兄さま、どうして? 昔はよく一緒に入ったじゃないですか。行ったことないですが銭湯みたいで楽しそうですよ」
「う……ん」
みるみる兄さまが赤面して行くので様子が変だと伺うと、首筋に赤い痕を見つけてしまった。
あぁ……なるほど。そういうことなのですね。僕はこう見えてもその点は大人なので、大丈夫なのに。
「兄さま、じゃあこうしましょう。キャンドルの灯りで入るのはどうです? 薄暗くてロマンチックですよ」
兄さまが、薄暗いという言葉とロマンチックという言葉に反応する。
「あ、じゃあ……入ろうかな。でも……」
もう一押しかな?
「瑠衣も一緒なら、どうです?」
突然話を振られた瑠衣の頬が、ピキッとひきつった。
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