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霧の浪漫旅行 1
ユーリとおばあさまは、その日のうちに帰路に就き、その晩はアーサーの両親と会食をした。
何より嬉しかったのは瑠衣を使用人としてでなく、アーサーのパートナーとして
この侯爵家が丁重に扱ってくれていることだった。
「海里さんは、ご立派なお医者様になられたのね」
「ありがとうございます」
「しかも、あなたのおばあさまが、あの名門貴族アストン家のお方だなんて知りませんでした」
「祖母の従兄弟が、瑠衣の祖母になります。俺たちは血が繋がっている弟です。どうかこれからも瑠衣のことをよろしくお願いします」
俺にとって瑠衣は、大切な弟だ。ずっと小さい頃……瑠衣がボロボロな状態で屋根裏部屋に住んでいた時から変わらぬ思いだ。
「海里……ありがとう」
「瑠衣、たまには兄さんと呼んでみろよ」
冗談で言うと瑠衣は顔を真っ赤にして……小さな声で「兄さんありがとう」と言ってくれた。
お前のことは、もうアーサーに一切を任せているが、こうやって直に会うと駄目だな。柊一もブラコンだと思うが、俺も大概だ。
ちらりと横を見ると柊一が鍛え抜かれた作法で、侯爵と夫人と歓談している。
場離れしているのは、流石だ――
留学経験はなくとも、若い頃から父親に同行し社交界に顔を出し、磨いたのだろう。
俺の恋人はとても気品があって美しい――
「今晩はゆっくりしていって下さいね、明日にはノーサンプトンシャーに移動されるとか」
「はい、アーサーのお屋敷にお世話になります」
「ロンドンの観光はしないの?」
「明日します」
「楽しい旅行を」
夕食の後、俺は柊一を雪也くんの部屋の前に連れて行った。
「あの……?」
「今日は兄弟水入らずで過ごすといい」
「え? ですが……」
「雪也くんと過ごせるのは今日だけだろう。明日には寮に戻るのだから」
「それは、そうですが」
「次はいつになるか分からない。今日は昔みたいに一緒の部屋で眠るといい。このお屋敷のベッドはどれもキングサイズだから」
「……海里さんっ」
柊一が感極まった表情を浮かべながら、俺に抱きついてくれる。
「ありがとうございます! お優しいお気遣い……とても、とても――嬉しいです」
「君は、明日からは俺のものだ」
耳元で囁くと、柊一は頬を染めて頷いてくれた。
「もちろんです。明日はロンドンを……で、デ……」
「ふっ、デートするんだよ。一緒に二階建てバスに乗ったり、遊園地に行こう」
「夢のようなことばかりです」
「新婚旅行は非日常なのが当たり前さ」
「はい。そうですね。では……」
柊一が背伸びして、俺に口づけをしてくれた。
優しい温もりが届くと、心が跳ねた。
「え?」
「あ……僕からしてはいけませんでしたか」
「いや、嬉しいよ」
「非日常と仰るから、いつもと違うことをしてみたくなりました」
そう言って、可憐に微笑む柊一が可愛すぎて悶えた。
しかし……男に二言はない。
「さぁ弟との時間を」
トンっと背中を押してやると、柊一は優しく微笑んで、
「明日を楽しみにしています。海里さん、僕をリードして下さいね」
そんな誘うような文句を言うのだから、参るよ。
「ははっ、いろんな意味でリードしてやるよ」
楽しみしかない、明日が待ち遠しい。
柊一と出会い、過ごすようになってから俺の人生は薔薇色だ!
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