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霧の浪漫旅行 2

「雪也、入ってもいいかな?」 「えっ、兄さまですか」  びっくりした! ひとりで眠ろうと思っていたのに、兄さまがいらして下さるなんて。 「雪也、今日は久しぶりに一緒に眠ってもいいかな?」 「海里先生はいいんですか」 「うん、ここまで案内して下さったよ」  兄さまは、もう寝間着姿だった。 「大歓迎です! 兄さま」  嬉しくて、兄さまの背中にしがみついてしまった。  幼い頃、よくこうやって一緒に眠ったのだ。  懐かしい背中。優しい背中。 「ふふ、よく隠れて一緒に眠りましたよね。瑠衣に『今日だけですよ。仕方が無いですね』って言われて」 「うん。あの日……雪が初めて発作を起こした日も一緒だったのに……」    兄さまの声のトーンが少し暗くなったので、僕が明るくする。 「兄さま、安心して下さい。僕は本当に丈夫になりましたよ。英国に来てから一度も体調を崩していないんですよ」 「それは凄いね。嬉しいよ」 「はい! あの……今日だけは小さな弟になっても?」 「ふっ、いいよ。おいで、ゆき」  兄さま、兄さまが大好きです。お父様とお母様がいなくても……兄さまがいて下さったから、どんなに救われたか、どんなに嬉しかったか。 「兄さま、手をつないでいいですか」 「うん。ゆきはよくがんばったね。何か悩み事はない?」 「んー、お友達をつくるのが難しくて……正直苦戦しています」 「そうなんだね。兄さまも人付き合いが苦手でね……でも雪が自然体でキラキラ輝きだせば、きっと自然に歩み寄ってくれる人がいるよ。あまり焦らずにいこう」 「はい! あと兄さま……あの……日本の様子も教えてください」  聞きたかったことがある。春子ちゃんのことを、とても知りたい。 「あぁテツさんも桂人さんもしっかり留守番をしてくれて頼もしいよ。春子ちゃんも元気に頑張っているそうだよ」 「ほ、本当ですか! よかった!」  つい大きな声になってしまう。 「くすっ、そうだよ」 「僕も……僕、もっと成長したいです」 「雪也、がんばれ! 日本に戻っても、離れていてもいつも応援しているよ」 「はい……兄さま」  トントン――  お喋りしていると、ドアのノック音が響いた。 「誰?」 「私……えっと、僕です」 「瑠衣!」    瑠衣が照れ臭そうに水差しを持って部屋に入ってきて、優しい目で見つめてくれた。 「……お二人とも、一緒だったんだね」  瑠衣の口調が、明らかに砕《くだ》けていた。  新鮮でうれしかった。そうだ、今なら!   「瑠衣も、こっちにおいでよ」 「え?」 「そうだよ。瑠衣も来て」 「えっ、僕はそんなつもりで来たんじゃ……」 「いいから、いいから」  僕と兄さまで、瑠衣の手をグイグイ引っ張ってベッドに誘った。 「甘えん坊さんたちだ」 「そうだよ。僕たち、瑠衣に甘えたい」 「くすっ、じゃあ、少しだけ」  瑠衣が満更でもない様子で、僕たちのベッドにやってきてくれた。  こんなこと一度もしたことなかったので、嬉しくて溜まらない。 「瑠衣、僕たち、ずっと瑠衣が大好きだよ」 「僕もだよ」  瑠衣とも、こんな和やかな夜を迎えられるなんて――  信じられない幸せ。 ****  僕たちはそのまま三人で、身を寄せ合って眠った。  ふと目覚めると、瑠衣が先に起きてガウンを羽織っていた。 「瑠衣、おはよう、もう起きたの?」 「柊一さん、おはよう」  朝になっても瑠衣が高い垣根のようにそびえ立っていた敬語を取り払ってくれていたので、いよいよ本当の兄のように感じる。  今までよりも更に親しみを感じてしまう。 「ねぇ瑠衣、ここのキッチンって、使わせてもらえるかな?」 「厨房に知り合がいるので、聞いてみよう」 「じゃあ……瑠衣も一緒にいい?」 「もちろん手伝うよ」    瑠衣と僕の考えは、一致していた。  それは、雪也に日本食を作ってあげること。    日本のご飯に味噌汁、弟が大好きなものを作ってあげたい。  扉を開けると、何故かエプロン姿のアーサーさんが立っていた。 「やぁ! 可愛い妖精さん達は、我が家の厨房にご用かな? 案内するよ」 「アーサー、どうして君が?」 「瑠衣が部屋に帰って来なかったから暇でさ。君がいかにもしそうなことを想像したんだ。瑠衣のことなら何でも分かる!」  白いシャツに黒いエプロン姿のアーサーさんは、やっぱり騎士のようにカッコイイ! 「くすっ、ごめんね。そして当たりだよ。アーサーも手伝ってくれるの?」 「俺は……料理は苦手だよ」 「手取り足取り、僕が教えてあげるよ」 「へぇ~ 積極的な瑠衣のリードか。それも悪くないな。実に刺激的だ」 「ン? 何をブツブツ言っているの?」 「いや……その調子で夜も頼むってことをだな……」 「はぁ? 何のこと?」 「……こっちの話さ」  愉快そうに笑うアーサーさん。  瑠衣とアーサーさんのフランクなやりとりを目の当たりにして、そうか……僕も、もっと海里さんをリードしてみようと、密かに思った。  そう思うと、早く会いたくなった。  

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