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(修正しました)霧の浪漫旅行 4

「か、海里さん、もう駄目です。皆待っています……」  俺のキスで蕩けそうな柊一が、眉根を寄せて訴えてくる。 「おっと、そうだったな。俺も着替えて腕を振るうよ」 「海里さんも、お料理が出来るのですか」 「英国に留学していた時は、よく朝ご飯を作ったよ。俺の十八番は卵焼きだ」  そう告げると、柊一が目を輝かせた。 「あの厨房、今、とてもいい雰囲気なんです。早く行きましょう!」 「おい待て、支度をするから」  慌てて顔を洗い、裸の身体に柊一の持って来た衣装を纏い、少し伸びていた髪を後ろでサッと束ねた。  その一部始終を、割烹着姿の柊一が、初心な表情で頬を染めて見つめている。  なんだかイケナイ気分になるな。 「さぁ行くぞ」 「あ、あの……とてもカッコイイです、海里さんは本当に王子さまのようです」 「ふっ、アーサーには負けられないさ!」  意気揚々と歩き始めたものの、厨房が近づくにつれて足取りが重くなった。   この家の厨房には、とても嫌な思い出があるのを思いだしてしまった。  あそこは、あの日……執事見習いでこの家に勤めていた瑠衣が、一人で泣いていた場所だ。  片眼鏡の執事に虐待され、それを誰にも言えずに耐えていたのだ。  俺たちが近くにいたのに……すぐに気付いてやれず、悔やまれる。 「海里さん、どうかされましたか」 「あぁ、いや何でも無いよ」  瑠衣の過去は、もう封印しよう。もう過ぎ去った過去だ。  今の瑠衣を見ていれば、本当にあの頃の苦労が報われる。 「いい匂いがするな。懐かしい匂いだ」 「お味噌汁を瑠衣と作りました」 「いいね。そう言えば家の味噌を、たっぷりスーツケースに詰めていたな」 「はい。やはりお味噌汁は心を身体も温めてくれますから。それに我が家の味が良かったんです」 「そうだな」  厨房はかつての暗い面影はなく、賑やかで明るい場所となっていた。 「おぉ!」 「わぁ」 「流石海里だな、コックコートが似合っているよ」  俺は真っ白なコックコートに身を包んでいた。  これは調理を行う人が着用する制服で、本来俺が着るべきものではないが、まぁこれは白衣のようなものだから…… 「海里~、今、似合って当然だろって、顔だったぞ」 「アーサーこそ、ギャルソン気取りか」 「どうだ? カッコイイだろう?」 「まぁな。で、瑠衣には何故あの格好を?」 「瑠衣は美人だろ~」 「まぁ……白いフリフリが似合ってる」 「海里まで!」  といいつつ、瑠衣も嫌がっているわけではなく、楽しんでいるようだ。  この厨房で、和気あいあいと出来るのが嬉しいらしい。 「海里せんせー! 僕たちは割烹着の天使ですよ」  雪也くんがニコニコ笑顔で笑っている。  それもまた嬉しい光景だった。  小さな命、消えそうな命だったのに、ここまで成長し健康になってくれて嬉しいよ。 「よし、俺が卵焼きを作ろう」 「海里、日本の砂糖とお醤油、みりんもあるよ」 「いいね、みんないい子に座っているといい」 「はーい!」 幼稚園児のように皆、ちょこんと食卓でスタンバイしているので、俺は神の手と呼ばれる手さばきで、ふんわりとした芸術品のような卵焼きを焼き続けた。 「美味しそう!」 「海里、これっ、俺にも教えてくれ。瑠衣に焼いてやりたい」 「海里、美味しいよ。懐かしい味だね」  皆、絶賛してくれたのに柊一だけが、一口食べて泣いてしまった。 「お、おい? そんなにまずかったか」 「違うんです……愛情のこもった味に感動して……海里さん、すごいです」  泣きながら笑ってくれた。  あぁ、そうだよな。  柊一だって両親を亡くして、寂しかっただろう。弟を守り育てるのに必死で泣く暇もなかったのを知っている。  俺は日本に戻っても、君に卵焼きを焼いてあげるよ。  柊一には、溢れんばかりの愛情を毎日届けたいから。  お互いの寂しさは、お互いの愛情で埋めていこう!

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