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霧の浪漫旅行 6

 こんなに賑やかで和やかで、温かい雰囲気の朝食はいつぶりだろう?    海里先生と兄さま。  アーサーさんと瑠衣。  二組の愛情溢れるカップルに挟まれて、僕……泣いてしまいそうな程幸せです。 「兄さま、このお味噌汁の味って、我が家のですよね?」 「そうだよ。冬郷家のお味噌を持ってきたんだよ」 「やっぱり!」    兄さまが奮闘して味噌作りをして下さった日々を思い出す。  お母様の残したレシピはお菓子だけではなかった。お料理好きで、料理上手だったお母様からは、いつも愛情のこもった食事を出してもらった。  自ら厨房に立っていたお母様のお姿を思いだして、涙がこぼれてしまった。 「雪也、泣かないで。ほら、この卵焼きは海里さんのお手製だよ。食べてみて」  卵焼きを食べたら、とうとう涙が崩壊してしまった。 「うっ、う……」  この味は……  「あぁ、すまん。雪也くんを泣かせるつもりはなかった。やはりお母さんのレシピ通りに作ればよかったかな?」 「違うんです。嬉しいんです。海里先生がいらして下さってから、新しい家族が生まれたように感じていました。この卵焼きの味は……海里先生のオリジナルなんですね。これが我が家の味になっていくと思うと、嬉しくて」 「それなら良かったよ。実は君たちのお母さんのレシピを少しだけアレンジしたんだ」 「そうなんですね。あの、何を足されたんですか」 「砂糖の量だよ」 「母のより、少し甘めで美味しいです」 「俺の愛情を加えたからね」  とびっきりの美丈夫で、立派なお医者様。  僕の大切な兄さまを溺愛して下さるお方。 「僕……海里先生の卵焼き、ずっと食べたいです」 「日本に戻ってきたらまた作ってあげるよ」 「はい、それまで頑張ります。あの……僕……もう変な意地は張らず、長期休暇には帰国をして、ホームシックにならないようにしたいです」 「いい心がけだね。柔軟な心は長持ちの秘訣だよ」 「はい!」  もう無理はしない。  意固地になり過ぎない。  昨日までの僕は、かなり無理をしていた。  無理は心を固くし、心を沈ませる。 「そう、その笑顔だ。肩の力を抜いて過ごしてご覧。雪也くんが朗らかに笑えば、きっと一緒に笑ってくれる人が集まってくるよ」 「今ならいい友人が出来そうです。そんな予感がします  会いたい人に会えて、大好きな物を沢山食べて……僕の心と身体は満ちている。  せっかく健康な身体を手に入れたんだ。大切にしたい。 「雪也くんはもう病気じゃない。だがセルフケアは怠らないこと」 「はい!」  海里先生が優しく、僕の頭を撫でて下った。  お父様みたいに頼もしくお優しく、導いて下さる方だ。  隣で、僕と海里先生の会話を見守っていた兄さまが、静かに頷いてくれた。 「雪也に会いに来て本当に良かったよ」 「僕もです。兄さま、この後は海里先生とロンドンの街を楽しんで下さいね!」 「えっ、雪也は一緒に観光しないの?」 「もうっ、兄さまは新婚旅行中なんですよ」  兄さまが、頬を染める。 「も、もう―― 雪也のこと、どこにいても兄さまは応援しているよ」 「はい!……あの、最後に甘えても?」 「もちろんだよ。おいで」  僕が手を大きく広げると、兄さまも優しく微笑んで広げてくれた。  ふんわりとした抱擁―― 「兄さま、兄さま……大好きです」 「ゆき……ありがとう。兄さまもだよ」  あの日、天に見放されたかのような……悲壮な兄弟はもういない。  今は、愛に溢れた場所にいる。 「じゃあ、戻ります! 今の僕の場所へ」  僕は自ら、兄さまたちの輪をくぐり抜け、寮へと戻った。  自分から飛び込んでみよう。  もっともっと、この目の前に開ける新しい世界に――  照れ臭くて皆には言えなかったけれども……  次に春子ちゃんに会った時、逞しくなったと言われたいんだ。  僕の初恋は少しずつ成長している。  ここで、育てていく。

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