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霧の浪漫旅行 7

雪也を寮まで、送ってあげた。 「兄さま、行ってきますね!」 「雪也、頑張っておいで」 「はい!」  雪也はキラキラと輝いて見えた。  生命力に溢れているね。  どんどん新しい経験を積み、知識を吸収して、成長していくのだろう。  嬉しそうに寮に向かって駆けていく後ろ姿に、じわりと感動した。 「あっ、雪也ッ……」  思わず呼び止めそうになった。 (走っちゃ駄目だよ。大人しくしていて……)  そんな言葉はもう不要なのに。  もうあの子は自由に走っていい。 病気は治り、逞しくなっていく。 「雪也くんは、背が伸びて少し体格も良くなってきたな」 「はい……あの子の骨格は元々は父親似なんです。だから僕より背も高くなるでしょうね。不思議な心地です。きっと会うたびに変わっていくのでしょう」  車の中で、海里さんが僕の手をそっと握って下さった。 「寂しい? 柊一も一緒に変わりたいのか」  そう問われると、それは違うと思った。   「いいえ、僕はこのままがいいです。もうこのままで……ここがいいです」  そっと海里さんにもたれると、優しく肩を抱いて下さった。   「柊一、俺もこのままでいて欲しい。君を永遠に守らせて欲しい」 「はい」  僕はようやく羽を休ませられる場所を見つけた。  海里さんは、そんな僕が好きだと言って下さる。  僕たちの願いは、丁度よい具合で重なって一つになっている。  雪也を送って、もう一度アーサーさんのお屋敷に戻った。 「お帰り、雪也くんは無事に戻ったんだね」 「はい、雪也のことを引き続きよろしくお願いします」  アーサーさんと瑠衣、二人が雪也と同じ場所にいる。  どんなに心強いことか。 「もちろんだ。さてと今日はこれからどうする? ノーサンプトンシャーへの電車は夕刻だ。それまでフリータイムだよ」 「あ……じゃあ……」  僕はアーサーさんの横に立っていた瑠衣の手を握った。 「あのね、僕、してみたいことがあって……」 「何かな?」  良かった! 瑠衣がフランクな口調を崩さないでいてくれるのが、とても嬉しい。僕たちはもう主従関係ではない。もう……友達なんだよね? 「その……僕には友達が少なくて……その、」 「?」  少し気恥ずかしいが、どうしてもしてみたいことがあった。  それを提案してもいいのかな?  躊躇っていると、海里さんが僕の肩をまた抱いて下さり、察して下さった。 「なぁ、せっかくだからロンドンの街を案内してくれよ。俺たちと一緒にデートしないか」 「え?」 「『ダブルデート』というの、やってみたかったんだ。柊一も同じ気持ちだろう?」 「あ……そうです。ダブルデートというのですね。是非」 「そんなのお安いご用さ。なぁ瑠衣」 「僕も嬉しいよ」 「よーし、じゃあまず瑠衣と柊一くんの衣装替えからだな。そのスーツ姿じゃ堅苦しいだろう? 海里、俺の衣装部屋に二人を連れて行こうぜ」 「いいな」  その後、僕と瑠衣は、二人の着せ替え人形のようになった。  アーサーさんの衣装部屋には、瑠衣のための衣装が何故か沢山用意されていたので、僕はそれを借りることになった。 「うん。これでいい」  ネクタイを外されスーツを脱がされ、下着姿で待っていると、温かなフランネルのシャツに白いセーター、ダッフルコートを着せられた。  瑠衣を見ると、同じような感じで、とてもラフな格好になっていた。  お互いに顔を見合わせて、微笑みあった。 「瑠衣、似合っているよ」 「柊一さんこそ」 「さぁさぁ可愛い子達、出掛けるぞ」  僕たちは車には乗らず、徒歩でロンドンの街を歩いた。  石畳の感触。  ドールハウスのような街並み。  霧の漂う、空気の重み。  街中に溢れる英語。  僕にとっては何もかも新鮮で、目映い光景だった。 「海里さん……海里さん、僕、本当に英国にいるんですね」 「可愛いね。柊一といると、俺まで新鮮な気分になるよ」 「あ、赤い二階建てバス……あ、あれに乗ってみたいです」 「行こう! 急げ!」  僕は海里さんに手を引かれ、タタッと走り出した。  心が動き出す。  異国で触れるもの全てに、僕の心が震えている。  こんな刺激、初めてだ。  

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